音を鳴らす人々 ギリシャラブ・インタビュー

ギリシャより愛をこめて――

それは路上で居場所を求めて彷徨う天川悠雅からの、

生き続けるためのメッセージ。

ギリシャラブのリーダー天川悠雅が自身の音楽バックグラウンドを語る

 

 ギリシャラブというバンドは、知れば知るほどその特異性に言葉を失ってしまうほど奇妙な存在だ。今年1月に発表されたミニ・アルバム『(冬の)路上』はドレスコーズの志磨遼平監修のレーベル=JESUS RECORDSからリリースされたということもあり、京都を拠点に活動を続ける彼らのこれまでのイメージを大きく変えるきっかけとなったといえるかもしれない。だが、とりわけリーダーの天川悠雅は、メンバーと一緒にステージに立っても、賑やかなイベントに出演していても、一人で空を見つめるかのように、自分の言葉とメロディを綴ることに恐ろしいほど集中している。その姿は居場所を求めてあちこちを彷徨う放浪詩人のようだ。アルバム・タイトル『(冬の)路上』さながらにジャック・ケルアックのようなビートニク文学が彼のバックボーンにあるのかどうかはわからないが、どこにいても、どういう場に引っ張り出されても、彼は自分のポップ・カルチャーを探し続けていくのだろうと。

 もちろん、音楽家としての参照点は多くある。昔からブラーのデーモン・アルバーンをフェイヴァリットにあげているし、1月のフリート・フォクシーズの来日公演の会場でバッタリ会ったりもした。計算なく好きな音楽に触れる横顔はすごく無邪気だ。そんな天川悠雅に、改めて今、『(冬の)路上』における音楽的バックボーンを語ってもらった。

ギリシャラブ「からだだけの愛」

――今回のアルバム制作前にベース、ドラムがチェンジし、新たにギターが加わっての5人編成になったことで、曲や演奏にどのような変化があったかをまず教えてください。

天川悠雅(以下、天川):特にギタリストが増えて編成自体が変わったということは、僕のソングライティングやアレンジを大きく変えました。今まではギター1本でコード・バッキングとかをほとんどやらなかった。それが特色の1つだったんですね。そういう部分でギターが2人になってしまってどうなるんだろう?という懸念が多少あって。ですけど、ギター1本だけでやってる時は編成だけの問題でもないし、音圧だけの問題でもないんだけど、小さくまとまってしまうような感覚というのもあったんです。まとまってしまうとやっぱりこじんまりとしてしまうし。

――ギター1本だと不自由な分、いびつな曲が作れたりアレンジが面白くできたりするけれど、ギターが2本だとパターン化されてしまう恐れを感じていたということですか?

天川:そうです、その通りです。ただ、一方で、ギター2人の絡みみたいなので進めていける。2人ともがリード・ギターみたいな感じにすることもできるし、2人のフレーズを絡めることで曲も進めていける。それに、さっき言ったような懸念…ギター2本のパターン化されたアレンジも仕方ない、というか、むしろそういうこともやっていきたいと言うトライの意味もありました。

――パターン化されたものに挑戦する意味を感じたと。

天川:はい。もともと4人でやってた時から僕らは電子パッドを使ったりシンセサイザーを入れたりしてきて、当たり前のロック・バンドの編成を壊すことを拒否するロック・バンドではなかったんです。そもそも本質的にそんなことくらいでバンドとしてのフォルムが崩れてしまうような事はないだろうと言う自信もありました。へんな話、ギターを3本にしてもいいと思ってます。そのくらい、柔軟でありたいと思っているんですね。だから、ギターが2本になったと言うよりも、それぞれ全然違うギタリストが2人いると言うような発想で新しいことがどれだけできるかということのほうに興味があったんです。そういう意味では新しく入った山岡錬は前からいる取坂(直人)よりも技術的にはうまいんですけれどそういうところで判断はしたくなかった。例えば錬はキャッチーなリフをどんどん作れるギタリストですけど、取坂はもっと乱暴…というかアバンギャルドなスタイルのギタリストなんです。その違いを際立たせてみたくなったんですね。ギリシャラブは基本的にメロディはすごくキャッチーなんですね。でもそういうキャッチーなメロディだけで成立させたくないときには、取坂のギターの存在はすごく重要なんです。空間の中に取坂のギターが入ることで動きをつけることができるから。ただ、キャッチーな歌メロに匹敵する何かが欲しい時もあって、そういう時にはこれまでシンセサイザーに頼ってきていました。僕自身がギターのリフを考えたりもしてきたのですが、そこにも少し無理があった。でも、今回は錬が考えてくれたリフがたくさん入っています。例えば、「からだだけの愛」の最初のリフは錬のアイデアです。「モデラート・カンタービレ」のリフも錬。「ペーパームーン」のイントロのリフは僕が作りました。そうやって、いろいろなアングルからリフができたりするだけで曲に動きが生まれますからね。ギター2本でそれぞれに役割があって、ロックなのにそれでいて先鋭的なことをやっているという意味では、マシュー・スウィートの『Girlfriend』はすごく好きです。

Matthew Sweet 「Divine Intervention」(1991年)

――そうやって、ギターのフレーズが豊かにバリエーションも増えたことによって、天川くんのソングライティングにも幅が出てきたといえますか。

天川:そうですね。もちろんさっき言ったようにパターン化されて、J-ROCKみたいになってしまうような恐れも確かにあったんです。ただ、僕個人としてはそういうものが決して嫌なわけでもないんですね。例えば、それこそ志磨(遼平)さん…ドレスコーズなんかは僕にとってはJ-ROCKではあるけれども、すごく魅力的なバンドなんです。もう、僕らもそういうとこに行かないといけないなぁ、行きたいなあという気持ちもずっとあって。自分が高校生のときのことを考えると例えばアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)とか大好きで最初からずっと聴いていましたし、やっぱり今もああいうバンドが1つのお手本になっています。もちろん東京インディと呼ばれてるようなバンドも大好きです。シンパシーを感じていて自分たちも同じようなところにいたいとも思うんですけれども、でも一方で僕はアジカンも好きだし、ああいうダイナミックな存在にも憧れるんですね。しかもアジカンはまさにギターが2本あるバンドです。すごくオーソドックスな編成でやっているのに曲はいいし、新しいことにもトライしている。あと、(初期)フジファブリックもそうですね。彼らのような存在が僕を励ましてくれたと言うのは間違いないですね。

フジファブリック「サボテン・レコード」(2004年)

――実際にアジカンの作品は録音のクオリティも高いですよね。すごくコンテンポラリーな音になっている。そういう部分にも影響されたということですか?

天川:そうです。そもそも今回のアルバムは最初からちゃんとした商用スタジオで録音、プロのミックス、マスタリングをちゃんとやった上で完成させることを考えていました。前回のアルバム(『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』)は、京都大学の軽音サークルのボックスを使っての録音だったじゃないですか。でも今回は、志磨さんから話をもらう前からスタジオでちゃんと録音することを想定していました。実際に、どこのスタジオを使うかとか誰にミックスとマスタリングをやってもらうかも考えていたんです。ギリシャラブにはもっといいやり方があるんじゃないかとずっと考えていたから、志磨さんから連絡もらってそうしたというわけでもなかったんですね。結果として今回はドレスコーズやSuchmosを録音した方にやってもらえたんですけれども、最初から今回はハイファイでブライトな音で行きたいということは伝えました。例えば去年のアルバムで言うとアーケード・ファイアの新作(『Everything Now』)。あのアルバムって評価が低いじゃないですか。でも僕にはハイファイでブライトな音作りがすごく魅力的でした。今の時代にここまでちゃんとやれるインディー・バンドってカッコいいなって思って。しかも彼ら、基本ロック・バンドですよね。

Arcade Fire 「Everything Now」(2017年)

天川:ハイファイでブライトの録音にこだわったことが1番はっきり表れているのはやっぱりヴォーカルだと思います。実際に今回歌はほとんどワン・テイクで撮ったんですね。これは結果としてなんですけれど一発でオッケーだったんです。それくらいの自分の中で歌に対するイメージが最初からきっちりあったということなんだと思います。自分できないことと自分がうまくできることが自分の中ではっきりしてきていてその強みをもっとちゃんと出していこうと言うことが今回のアルバムで実現できたのではないかなと。僕の歌はソウルフルでもないしはっきり好き嫌いが分かれるようなものかもしれないんですが、それだけに僕自身の個性をはっきりさせるような録音をしてみたかった。だから今回のアルバムでは一発でヴォーカル録りができたのではないかと思います。ここまでやってこれたのは、やっぱりライブでどんどん磨かれていったことが大きかったと思いますね。僕ら去年も一昨年も本当に多くのライブ、イベントに出させてもらってそれで僕自身ヴォーカルに対しての思いや自信みたいなものがついていったんだないと思っています。

――天川さんのヴォーカルからはどこか浪曲とか謡のような印象を受けたりもします。少し伸ばし気味のトーンが特徴的ですよね。

天川:そうですね。実際今の僕がいいなと思っているヴォーカリストは例えばレオン・レッドボーンのような人なんです。

Leon Redbone 「Lazy Bones」(1975年)

天川:ヴォーカルに関して言えばこの人1番参照としていると言ってもいいと思います。ロックとは厳密には違うかもしれないですが、彼の歌はロック・バンドの中でああいったスタイルのヴォーカルをどれだけ実現できるかと言うことに挑戦したようなものだと思います。ヴォーカルってギターやドラムやベースとかと違って具体的に何かを参照しづらいパートだと思うんですね。でも、あえて挙げるとすればレオン以外考えられないと思うくらい突出して影響受けています。もちろん例えばザ・ナショナルのマット(・バーニンガー)のような人も好きですし、そもそもブラのデーモンは大好きなんですが、参考にしたのは圧倒的にレオン・レッドボーンなんですね。ただ、そういう歌い方を意識し始めたことによって今回歌詞の方向までは変わったかと言えば、そうではない。歌詞単体で今回取り上げてみたい曲というよりも、音と一体化しているというかサウンドと一緒になって初めて生きるような曲が今回の5曲かなあと思うんですね。歌詞だけが独立して際立つみたいな考え方を今回はしていないんです。こないだ歌詞集を作ろうみたいな話をしてたと思いますけれども、それを考えてみても、今回のこのミニ・アルバムの5曲の中からは選ばれにくい。それくらい今回のミニ・アルバムはポップ・ソングとして音と一体化したものというような曲になっているんじゃないかなと思う。歌詞だけ取り出したい曲は……強いて言えば「モデラート・カンタービレ」ぐらいです。そのくらい、歌ありきの歌詞、音ありきの歌詞を書いたんじゃないかなと思っています。歌いたいテーマや言葉が変わったということではなくて。まあ、そういう意味で変わらずずっと好きな歌詞……ロック・バンドの中であげるならやっぱりドアーズかな。

The Doors 「Light My Fire」(1967年)

――ライヴのSEでもドアーズの曲を使用していますよね。天川さんの歌詞の底辺にあるのはジム・モリソン同様に常に終末感、死生感です。

天川:はい。だからポップ・ソングとしての歌詞、リリックにすごくいいなぁと思えるものがあまりないんですね。実際に日本語のいろいろな音楽を聞いてもそういうふうに感じることが多いんです。曲はいいと思っても歌詞がいいと思えるものはあまりないというか。そういう意味でアジカンの歌詞はポップ・ソングとして素晴らしいと思います。語呂を合わせていたりしてキャッチーだし意味もちゃんとある。ただ、Gotchさんのソロは正反対。そして一本立ちできるようなものが多いんです。そういう意味では僕自身次はGotchさんのソロのような歌詞に挑戦してみたいと言う気持ちがあります。

――いつかは小説も発表してみたいという思いもありますか?

天川:あります。だから町田康さんのような存在には、そういう意味でもすごく憧れます。バンドとしてちゃんとやって、小説も書いていけたら……どちらもやれたらすごくいいな、理想的ですよね。

ギリシャラブ OFFICIAL SITE

http://greece-love.com/

ギリシャラブ『(冬の)路上』2018.1.17発売 JESUS RECORDS
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