特殊音楽の世界8「日野浩志郎GEIST」

goatやYPYで活躍する今日本でも最も注目すべき音楽家の一人である日野浩志郎の新プロジェクトGEISTについて書きます。

実はもう3月に終了してるんですよね。しかし今までにない革新的なこの音楽作品のことが未だちゃんと語られてないと思うのでここで今更ですが書くことにします。

名村造船場跡地でのBLACK CHENBERで15台のスピーカー、14名の演奏者で行われたこのプロジェクトは、インスタレーションでもなく、舞台芸術でもなく単なるライヴでもなく、それでいてその全てでもあった革新的なものでした。

まず入場すると黒いドーム状の巨大バルーンが目の前にあります。そして客入れから虫の音と雪を踏む足音がいたるところに仕込まれたスピーカーによってサラウンドで聴こえてきます。開演までの30分間、虫の音の中次第にしぼんでくる黒いドームを凝視することになります。

半分ほどドームが自然に萎んだところで開演。ドームの後ろには太陽のようなライトを仕込んだ円形のオブジェがあります。舞台上は吸盤状の特殊な紗幕に遮られ演奏者は全く見えません。

演奏者が見えるのは二人のドラマーが照明によって紗幕の後ろから照らされる時と、二階の通路に10人ほどの管楽器奏者が足音を立て歩いた後フリーキーな音を奏でながら歩き回る時のみ。しかもそれもフードをかぶり無名性が強調されてます。

正面には紗幕に隠されて時折姿が見えるドラマーと円形のオブジェが見えるのみ。それにもかかわらず精緻な照明演出で飽きさせません。

最後は萎んだドームの残骸と奥のオブジェと紗幕が見えるだけです。

演奏者が見えるのは全90分強の演奏のうち10分もありません。

そういう状況でも印象は紛れもなく「ライヴ」でした。

フィールド・レコーディングの音源も使い、舞台美術もありきの作品でありながらGEISTが「ライヴ」であったのはなぜだろうと今でも思います。

どこまでが作曲でどこまでがインプロであったのかわかりません。唯一はっきり姿が見える二人のドラマーの素晴らしい演奏のおかげで、通常の「ライヴ」感を味わえたのでもありません。

「作品」の発表というような、結果の提示というようなものではなくリアルタイムで変化、熟成していく演奏の密度が濃かったからだと思います。

フィールド・レコーディングによる自然音と電子音の関係、ドラマー二人の複雑なリズム構成、10人弱の管楽器奏者による音色の応酬と聴きどころもたくさんあるし今までの音楽で行なわれた多くの試みの再構築と思えるところもあります。それが一つのストーリーを感じさせながら綿密な演出の元で進行していき、最後にはカタルシスさえ得られるような完成度で提示されながらも、フィールド・レコーディングといった時間軸が違うことも含めた同時多発的な出来事の共存があり、また更にそれがリアルタイムで変化していくという画期的なことが行われていたと思います。

だから終演後はまさしく「ライヴ」そのものを味わった感覚でした。

終演後にお父さんの死との関係、デヴィッド・チュードアの作品からのインスピレーション等々説明された解説文も配布され、それを読むとそこはかとなくエモーショナルな印象があったことも納得できました。

GEISTは舞台の大きさや構造等の条件もあるので再演は難しいと思いますが、ここまで画期的なことが2日4回公演でたった250人弱の観客しか体験できていないことが本当に惜しいです。

ただGEISTがこれからの音楽に深く静かに大きく影響を及ぼすのは間違い無いと思います。

GEISTの詳細はここで。http://www.hino-projects.com/geist

 

             (写真;井上嘉和)

F.M.N.石橋

:レーベル、企画を行うF.M.N.SoundFactory主宰。個人として78年頃より企画を始める。82~88年まで京大西部講堂に居住。KBS京都の「大友良英jamjamラジオ」に特殊音楽紹介家として準レギュラーで出演中。ラジオ同様ここでもちょっと変わった面白い音楽を紹介していきます。