第20回 『バンドやめようぜ!』著 イアン・F・マーティン
- 2019.07.01
- COLUMN FROM VISITOR
前々から指摘されていることだが、日本にロック評論はない。
これと同義語のようなのものが、“ロックに政治を持ち込むな”という意見です。
54歳の初老のオッサンには“ロックに政治を持ち込むな”はびっくりです。僕がロックの世界に入った77年頃というのはロックの世界というのは学生運動の生き残りのような人たちの巣窟だったからです。
うっとおしい世界でした。といいつ、僕は14歳くらいのガキだったので可愛がってもらってはいたのですが。
僕がロックの世界に浸かりだしたのは、京大西部講堂の1978年大晦日のイベントでした。ロッキンFという雑誌に沖縄からコンデンション・グリーンというすごいバンドが来るという情報を見て、どうしてもそのバンドが見たくなったのです。大阪の大晦日は京都の八坂神社に火をもらいに行くというイベントがあって、友達と八坂神社に行くと親を騙して、僕は一人京都に向かいました。
バスの乗り方が分からなかったので、三条の駅から西部講堂まで歩いたのです。1時間以上歩いた気がしたのですが、今グーグル・マップで調べたら30分くらいでした。タクシーでも1000円で行ける距離なので、なんか途中でタクシーに乗ったような気もしてきました。記憶って改ざんされますね。
帰りは間違いなく、歩いて帰りました。僕はあの夜ロックに生まれ変わったので、「バンドやるぞ、バンドやるぞ」とつぶやきながら三条の駅まで歩いたのです。楽しくって、楽しくって何時間でも歩けました。帰りの京阪電車の中は八坂神社から縄に火をもらった人がその縄を振りましながら乗ってました。僕は火を持ってなかったですけど、僕の心は燃えていたのです。なんてね。
次の年の大晦日も西部講堂に行きました。その時には完全にパンク、ニュー・ウェイヴの波が押し寄せてました。なイベントになってました。フリクション、ノーコメンツ、このスマッシュ・ウエストにも関係が深い20センチェリー・ボーイズ、のちのZIG ZAGなどを見ました。
次の年の西部には僕、プルトニウムというバンドを作ってそのステージに立ったのです。
バンド活動を2年くらいしたところで、僕以外のメンバーが大学受験ということで一度活動を停止したのです。僕はやることなかったので、ロンドンに行くことにしました。ロンドンのシーンがあまりにも楽しくってそのまま居ついてしまったのです。
ロンドンに5年ほど住んで、日本に帰ってきて、ミッシェルガン・エレファントやブランキー・ジェット・シティ、くるり、ナンバーガールなどの日本のバンドの仕事をさせてもらってはいたのですが、僕の仕事の領域は洋楽という感じでやってきました。
僕の一番の日本のロック体験というのは、子供の頃の京都や大阪だったのです。その頃の大阪には本物のロックはないと思っていました。本物のロックに触れるには京都に行かなあかんという気持ちがありました。それより本物は沖縄にしかないと思ってコンデンション・グリーンの初の本土ライブを観に行ったりしたのもそんな気持ちからです。そこでちょうどパンクになりかけていた紅蜥蜴、後のリザードを見て、うわっ日本にもパンク・バンドあるのかとびっくりするのです。
INUの西川成子さんもメンバーだったブランク・ジェネレーションが企画した東京ロッカーズのコンサートも西部講堂に観に行きました。これと同じ企画が大阪でもあったのですが、会場は大阪の厚生年金中ホールでダサかったりするわけです。お客も30人しかいないし、西部だと三百人くらいヤバそうなお客がいたりするわけです。
京都には治外法権というロック喫茶があって、そこに行けばドラッグ貰えるんちゃうかと何時間も座っていたりしました。全然貰えなかったですけど。
一体僕は何を書いているんでしょう。でも2001年から日本に住んでいるイアン・F・マーティンの『バンドやめようぜ!』を読んで僕はこんなことを思い出したのです。
この本の帯には“日本では否定的なレビューがタブーとなっているのはなぜか?”と書かれていますが、この本を読んでもその明確な答えは書かれていません。いや書かれているか、レコード会社や事務所が力を持ったということなのでしょう。
僕がロックにドブっと浸かりだした頃、雑誌のレビューには否定的な意見が山のようにありました。そんなクソみたいな原稿を読んで何度本を破り棄てようと思ったことか。それがいつの間にか、面白い原稿か、意味のない原稿だけになってしまったのです。
ロックと政治についてもそうです。西部講堂のような学生運動の生き残りが自治を治めているような所にしか本物のロックはなかったのです。それがいつの間にかなくなってしまったのです。ジジイ、ババアが死んだということかもしれませんが。
『バンドやめようぜ!』を読むと日本のロック史がよく分かります。色々な日本の音楽の問題点が書かれています。この本が出てから2年近く経ちますが、状況はこの本が書かれた時より、どうしようもないくらいどんずまりのような気もします。だからそろそろなんか出てくるような気もしているのです。
僕がロックにズバッと浸かった時みたいに。
でも僕はただの年寄りなので、もう何も関係ないですけど。ロックを考古学のように掘り起こして行きたいなと思っているだけです。
気持ち的には デヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」の歌です。
“ジギーは、彼に陶酔したファンが人殺しをして、バンドを解散しなければならなくなった。今ジギーが何をしてるかって、彼は一人で寂しくギターを弾いているのさ”
何ですけど。ロックなんてものはこの歌が歌われた72年頃には終わっていたのです。その燃えかすの中をその後何十年もロック出来たのはラッキーなことだったのかもしれません。それを動かしていたのはお金だったわけで、もうお金も儲からなくなったビジネスは本当に終わってしまうのかもしれませんね。
この本のタイトルになった曲名「バンドやめようぜ」ってそういうことなんです。でもこの曲を歌った人は何回もバンドをやめたけど、まだ辞めてないみたいです。
辞めれないんですよね。死ぬまで。