【神鳥孝昭のディグごろディグられごろ】第18回

レコード屋や音楽活動を通じて広島や周りの面白い人を【ディグ(掘る)】って紹介する第18回は、広島モッズのゴッド・ファーザーであり、現在はラジオ・パーソナリティーとしても活躍する「おかたかし」さんが経営する音楽バー「スナック ニュースリム」をご紹介したいと思います。

僕の唯一のレギュラーイベント(4年に1度のW杯観戦イベント)、「FANTASISTA!」でお世話になっていたり、個人的にはコラム第12回でご紹介させて頂いた、bar edgeと並ぶ広島音楽好きの重要スペースだと思います。

「スナック ニュースリム」のオーナー「おかたかし」さんの経歴ですが、SMALL FACESの1stを買った高校2年生でモッズの衝撃に触れ、映画「さらば青春の光」を映像文化ライブラリーで観てモッズに目覚め、高校生の頃にTHE JAM、THE WHO、ROLLING STONES、THE KINKS等のブリティッシュ・ロックのカバーバンドでベースをプレイしていたそうです。そして大学生の頃に広島にモッズカルチャーを立ち上げます。ちなみにおかさんは広島モッズ第2号、第1号は古着屋の店長K君らしいです。1988年にはモッズのスクーターチーム「THE CREDITS」をK君と旗揚げし、同時期に東広島で結成されたスクーターチームとの交流がスタートする中で、岡山で観た黒田学さんとTHE STRIKESに衝撃を受けたそうです。当時の広島モッズ・スクーター事情ですが最盛期で10台位、現在は25台位なので如何にアンダーグラウンドなカルチャーだったか分かります。

そんなおかさんですが大学生の頃に、当時広島に営業所があったSONYでアルバイトをする中で、その後の運命を決定づけるYas Horii(通称YAS)さんと出逢います。当時はバンド活動をしていたのですが、YASさんとの出逢いがきっかけでDJデビューします。初DJはなんと、東京スカパラダイスオーケストラのデビュープロモーションでのクルーズ船だったそうです。意気投合したYASさんと「一緒にイベントやろう!」と「Yas’s Rockin’ Blues」を92年に立ち上げます。立ち上げメンバーには当時広島在住で現在LEARNERSで活躍するChabe(CUBISMO GRAFICO)君も居て、Chabe君がレタリング・シートでフライヤーを作成していたそうです。更におかさんはモッズに特化したイベント「TOP GEAR」を95年に立ち上げ広島で初の「MODS MAYDAY」を開催します。「TOP GEAR」はbar edgeで2年開催。その後、YASさんとの関係でEPIC SONY主催「MAD 2 MAD」~「THE CLUB ROCKS」にも関係する事に。更におかさんはモッズに特化した現在に繋がるイベント「Steppin’ Out」を主宰し「MODS MAYDAY」を広島・呉市内でも開催したり「Steppin’ Out」でDJをするY君と白人ブルースのカバー・バンド「THE CLOSE」で「MODS MAYDAY 大阪」にも出演したり精力的に活動します。

在りし日の広島モッズ!

その後、映画館で一緒にアルバイトしていた広島大学生の中俣君(DJ NAKAMATA)との出逢いをきっかけに、広大生との交流を深めて行きますが、映画館の閉館を機に映画館の社長の紹介で鷹野橋に仲間と手作りで9ヵ月掛けて音楽バー「Slim Chance Studio」、通称「スリチャン」を作ります。音楽はこれまで活動していたモッズに加え広大生の関藤君、中俣君を中心に据えたそうです。そんな「スリチャン」創業時にはおかさんのモッズ後継者となる現在の「MODS MAYDAY 広島」主宰OSAMUと出逢い、モッズをやる側からサポートする側になりモッズの精神や活動はOSAMUに引き継がれてます。「スリチャン」でDJ活動をサポートする上で大事にしていた事は、「生音を良い音で伝える」、「心に響く音作り」、YASさんから教わった「今出てる音を大切に」をテーマにおかさんの盟友、YASさんならどうしたか??と自問自答の日々だったそうです。途中、音楽的核だった関藤君の突然の死を機に意志を受け継ぐ現在の「おかさんファミリー」、NAKAMATA、OSAMU、Yanshinista!と言った仲間が形成されていきます。そんな「スリチャン」ですが老朽化に伴ったビルの取り壊し決定により19年の営業に突然幕を閉じる事になります。僕も参加した閉店パーティーには小さなスペースに160人が集まり愛されて終了しました。

Slim Chance Studio店内の様子

そんなおかさんを救ったのは「おかさんファミリー」の中俣君でした。彼の経営するお好み焼き屋「なかまた」と同じビルの居抜き物件を紹介され、僅か2ヵ月後の2019年バレンタインデーに「スナック ニュースリム」をオープンさせます。「スリチャン」にあったダンス・フロアは無くなりましたが、楽しかった「スリチャン」の平日バー営業を再現する事にこだわりました。鷹野橋から流川に引っ越した事で利便性が格段に上がり常連のリピートが増え、お好み焼き「なかまた」とのリンクもあり、僕も足繁く事に、、、。

僕とおかさんの思い出も数多くあって、印象的な記憶としては先述した人生唯一のレギュラーイベント(4年に1度のW杯観戦イベント)、「FANTASISTA!」を02年の日韓W杯から20年近く開催しているのですが、辞めれない理由があって急逝した関藤君と一緒に立ち上げた「FANTASISTA!」を続ける事で「スリチャン」に彼の意志を残し続けたいと思っている事や、このコラムに何度も紹介しているレーベル・アーティスト、RIKI HIDAKAとの広島での初めての夜(コラム第1話を参照)も「スリチャン」でした。彼がミュージシャンと知らず、ただの何気ない会話をしたのが最高に良かったと今でも思ってます。

一部の若い子には怖がられてる印象もある(笑)おかさんですがとても繊細で気さくな方だと思います。
是非、広島を訪れた際には、おかさんの「スナック ニュースリム」に行ってみては如何でしょうか??

スナック ニュースリムとおかたかしさん

STEREO RECORDS
神鳥孝昭