VOICE OF EDITOR #1

コロナ禍である。新型インフルエンザ特別措置法改正案成立させた上での緊急事態宣言発令や検察庁法改正案今国会成立見送りという「事件」以上に衝撃的な「事件」は今年のフジロックが延期になったことだ。この「事件」はイギリスのグラストンバレーやアメリカのコーチェラといった世界的なロック・フェスティバルの延期と並び全世界を駆け巡るニュースになるだろう。フジロックはコロナ危機後の世界のあり方を問い、模索する象徴的な存在のひとつだ。もちろん当事者である我々は悲しさ悔しさを通り越して涙も出ない。しかし、そこで立ち止まっているわけにはいかない。春をじっくり味わう事も忘れてライブの中止や延期詳細の作成に明け暮れてきたこの3ヶ月間だったが、フジロックの延期を発表した今ようやく次のステージへと進む踏ん切りがついた。秋以降のライブのあり方という大問題と否が応にも対峙していかなければならない。

ガキだった頃、土曜日の夜8時に「8時だョ!」といういかりや長介の号令に「全員集合!」という大合唱で返す客席。それに合わせて始まる山本直純作曲のオープニング・マーチに導かれて居間にあるテレビの前に集まる。ドリフターズやゴールデンハーフ(後にキャンディーズに交代)、ゲストのコントや歌によるバラエティーに釘付けにされた。現在朝日新聞に連載されている「ドリフの時代、その音楽」は大変興味深い。ワタナベプロダクションがハナ肇とクレージーキャッツの次に売り出したドリフターズは音楽と真剣に取り組むアーティストだった。そんなことを今になって知ることになるのはお恥ずかしいかぎりだが、知らない間に死んでしまうよりはましか。日々勉強。コロナウイルスに感染して亡くなった元ドリフターズの志村けんさんがドリフの特集を組ませて教えてくれたようなものだ。謹んでご冥福をお祈りするとともに感謝の意を伝えたい。しかし、今は「8時だョ!全員集合」のように熱気で溢れかえったライブは開催できない。

緊急事態宣言を受けて始まったリモートワーク。弊社は以前から割と自由な勤務体制を取っていたので在宅勤務はよくあることだった。全員がそうなったことで逆に新鮮さを覚えたし週2回のリモート会議は普段よりみんなと会話する機会が増えたほどだが、毎日となると時間を持て余す。そこで自分に課したのが、1日に知らないアーティストを1組もしくは1人学習することだ。その過程で横浜は桜木町・野毛にあるクラフトビールやコーヒーを楽しめるカフェ、Sakura Tapsのウェブサイトを見つけた。サイトのメニューにある「BGMについて」をクリックするとその内容を見て目が点になった。「音楽は最高のツマミと考え、専属の音楽担当者を起用。」「また、音楽担当独自の視点で旬なアーティストや情報を提供する音楽ブログも好評を頂いております。かなり広く、そして深堀りされた音楽情報は一見の価値あり!」と紹介文に謳うだけの情報量とセンスが光る。早速ブックマークのお気に入りにあるPitchforkやQeticのあとに並べた。

https://sakuratapsmusic.info/

日々更新されるテーマはこんな具合だ。
●【インディーR&B】2020年注目すべき女性アーティスト7選。
●【作業BGM】作業がはかどるチルな洋楽プレイリスト。
●今聴いておきたいアンダーグラウンド系ジャズ5選。
●【まずはこれを聴け】80年代ヒップホップ【基礎知識】
●Stevie Wander/ 70年代おススメ名曲集。
etc.etc,,,,,,,,,,,,,,,,

日々勉強。僕が学習した「今聴いておきたいアンダーグラウンド系ジャズ5選。」の中から購入した12インチLPがこちら。トップは今話題のTom Misch & Yussef Dayesだったがこれはアップルミュージックで聴くとして、選んだのはジャイルズ・ピーターソン率いる「Brownwood Recordings」から今年の3月にリリースされたkassa overall の「I Think I’m Good」というアルバム。Cheis Dave & The Drumhedzとして自身のアルバムをリリースしたり、宇多田ヒカルの最新アルバム「初恋」でも起用されていたクリス・デイブと並びNYの現代ジャズシーンで気になるドラマー、カッサ・オーバーオール。彼はシンガー・ソング・ライターでありドラマーだ。歌えることはかなりの武器になる。Thundercatも歌うしKamasi Washingtonもボーカルパートを入れているところが有機的なグルーヴを醸し出していて気持ちがいい。そしてラップ。SIDE Bの2曲目「Land Line」は彼のドラムとCarlos Overall(兄弟?)のテナー・サックスにラップが絡む。僕はフランク・ザッパのテイストを思い出してほくそ笑んだ。あとで「Bongo Fury」聴こうっと。このアルバムの1曲「I know You See Me」には大好きなキイボード・プレーヤー、フジロック’19のハイライトであり、娘の誕生日にビルボード大阪で見たあと彼女がリクエストしたサインへ気軽に応じてくれたBIGYUKIも参加している。その他の参加ミュージシャンの名前は知らなかったがきっと有望な若者だろう。

余った時間で車の部品をググり、国内外の部品屋から取り寄せて交換したり、友人のアドバイスを受けながらウェブカムを購入、ストリーミング・ソフトをダウンロードしてライブ配信のテストを重ねたりもできたし、買いためた本を片っ端から読んだり、昨年末から考えていた歯の治療も始めることができた。そろそろSakura Tapsでごきげんな「BGM」をツマミにクラフトビールで記憶を無くすくらい飲んで、知らないうちに幸せな朝を迎えたらコロナ後の世界だったってわけには、まだまだいかないか、、、。

飢饉、戦争、疫病は人類史上常に権力に利用されてきた。コロナ危機が始まった頃、坂本龍一氏による朝日新聞への寄稿に忌野清志郎さんの言葉が挿入されていた。「地震の後には戦争が来る。気を付けろよ!」清志郎さんが亡くなったのは2009年。2011年の東日本大震災や2020年のコロナ危機をまるで予見していたような言葉を残した。「不死身のフジロックもこればっかりはどうにもなりませんでした。」と2002年に始まった苗場食堂ステージに駆けつけてくれた時のことを思い出しながら清志郎さんに報告したい。我々は「気を付けろよ!」という言葉を胸に刻みこのコロナ禍を脱して次のステージを目指そうと思う。来年はみんなで「田舎へ行こう!」

写真は初の苗場食堂ステージにサプライズ出演していただいた清志郎さん。Gaz Mayall、今は苗場音楽突撃隊隊長の池畑潤二氏の顔も見える。最上段の写真は清志郎さんへの敬意を表し毎年苗場食堂バックステージに飾られる。
Photo by Tsuyoshi Ikegami