VOICE OF EDITOR #3
- 2020.08.01
- OSAKA
「コロナ禍で奈良の鹿が痩せた。」というのを聞きつけ調べてみたらこういうことらしい。観光客が激減し鹿せんべいをもらえなくなった鹿たちが本来の食物である草を食べることによって腸内環境に変化が起きたという。小麦粉とぬかを原材料とする鹿せんべいを食べていた時は軟便だったが最近は「黒豆」のような硬便が多くなってきているとのことだ。彼らも里山に野生となって帰ったほうが幸せなのかもしれない。鹿だって人間並の「草食」になる。いつだったか鹿せんべいを鹿に食べさせてあげてたら他の鹿が後ろから走り寄ってきてお尻噛まれたことありました。
鹿のことをググりながらそんなことを思い出していたら、朝日新聞デジタル版でダニ博士で有名な黒いレザーで身を包む異色生態学者、五箇公一氏が紹介されているのを発見。彼は「新型コロナウイルス発生の裏に「自然からの警告」がある。」と主張する。このテーマ、偶然にしては出来すぎちゃうのんと思いながらも読みすすめる。グローバリゼーションの象徴のようなインバウンド観光客がコロナ・ショックで消滅したため奈良の鹿が鹿せんべいを貰えなくなり里山に帰った、という一見ほのぼのとしたニュースも、その理論を聞くとローカルな話題が漂うほんわかムードも吹っ飛んでしまう。
テレビ朝日の番組「マツコ&有吉 かりそめ天国」の中で二人が紹介する僕が大学生の頃オンエアーされていた「川口浩探検隊」はアマゾンのジャングルへ不思議な生物の生息状況を確認に行くという設定なのだが、大勢の撮影クルーは知らず知らずのうちに生態系を乱していたのではないだろうか。まぁ、その不思議な生物というのが「原始猿人バーゴン」とか「巨大怪蛇ゴーグ」「原始怪鳥ギャロン」といった「ウルトラQ」に出てくる生物のようだが設定がドタバタで現実味のない笑える番組だった。今やってるTV番組「イッテキュー」もそんな感じがしてるんですけど、ちょっと違うか、、、。
しかし、こんなおバカTV番組の探検話も「ゴルゴ13」にかかればそれどころではない。ビッグコミックの6/10号からさいとう・たかお先生独自の方法で原稿を完成させるためには「密」にならざるを得ないのでしばらくの間休載となった「ゴルゴ13」だが、今回から3回は1995年5月に掲載された「病原体レベル4」を再掲載することになった。アフリカの密林から密猟者チャップマンがミドリ猿を乱獲、密輸するという場面からストーリーが始まる。その一部を豪華客船スターホープ号の客室に運び込みアメリカへ入国を企むといういつものように無理な展開で話が進むのだが、「新型エボラ・ウイルス」を保有していたミドリ猿に噛まれたチャップマンが船内で感染拡大させてしまう。そのクルーズ船にたまたま乗り合わせていたゴルゴ13もエボラ・ウイルスに感染したチャップマンの唾液を眼に受け感染する。スターホープ号は向かっていたアメリカからロックダウンされ寄港はできない。感染に気付いたゴルゴ13は治療を試みるため大胆にも客船から脱出する。はたしてゴルゴは、客船はどうなるのか、、、。そんなストーリーが横浜に寄港したプリンセス・ダイヤモンド号で現実になろうとはさいとう・たかお先生も驚かれたにちがいない。幸いにも「川口浩探検隊」の撮影チームは原始猿人バーゴンには噛まれなかったようだ。「病原体レベル4」のエンディングはこんな警告で終わる。
話を戻そう。五箇氏は「地球からコロナウイルスを無くすことはできない。彼らのすみかは野生の世界にある。本当の『共生』は彼らのすみかである野生の世界と、人間の世界をゾーニング(分断)して、彼らの世界をこれ以上荒らさないことです。」「たとえコロナに勝っても、開発や破壊をベースとする経済構造を変えないと、もっとすごい病原菌やウイルスが出てくる恐れがある。今ある資源をいかに循環させて共有していくか、人間社会の変容やパラダイム転換こそが本当の課題です。」と論を進める。五箇氏は永遠の成長を追い求める資本主義社会へアラームを鳴らす。そんな時「男はつらいよ」の寅さんならこう言う。「人間、金があるからったって、決して幸せとは言えないよ。」1960年の安保改正で辞任に追いやられた岸信介に代わって総理大臣となった池田勇人が、彼が大蔵官僚だった頃からの盟友、田村敏雄の組織力、下村治の経済成長理論とで実践した「所得倍増計画」が少し陰りを見せ出したころの設定だろうか、寅さんが団子屋の隣で印刷工場を営むタコ社長にかけた言葉だ。
コウモリがゾーニングを抜け出して人を襲ったのではない。人間が彼らの世界に侵入して垣根を壊したことが原因だ。生物の生態系を破壊し野生の世界におとなしく生息していたウイルスをこちらの世界に呼び込んだのは人間、ホモ・サピエンスに他ならない。政府や自治体が定着させようとしている「三密を避けソーシャルディスタンスをキープする。不要不急の外出を控える。マスクは必ず使用し、手洗いうがいを励行する。」などの「新しい生活様式」に騙されてはいけない。「ウィズ・コロナ」や「コロナとの共生」はそんなことではなく「経済」のあり方を模索した先にある。
とうとうスパコン世界ランキング一位になった日本の「富岳」の計算能力を活かし、インプットしたビッグデータから導かれるAIにより、マルクスが「資本論」で論じたように労働生産性が増大し更に剰余価値の生産は増える。この20年で飛躍的に発展したテクノロジーの進化やグローバリゼーションで得ることができた安い労働力により成長を続けてきた資本制社会。今後その労働力をどのようにコントロールするかが注目される今、コロナ後の経済、働き方、雇用形態こそが『新しい生活様式』になる。
イーノが1975年にリリースした「アナザー・グリーン・ワールド」はまるで未来に訪れるであろう「新しい生活様式」を予感しているようだ。あの伝説的な雑誌「ロックマガジン」の発行者、故阿木譲氏はそのライナーノーツでこう表現していた。「半機械豹/サイボーグジャガーというメタリックな透明のおもちゃがある。イーノを聞いていると、僕はなぜかいつもそのアクリルの無機的なサイボーグ・ジャガーを思い浮かべる。色はなく……ただずっとずっと果てしなく続く透明な静粛の宇宙を支配する、その生活機能のかけらもない人工豹はひとり、暗闇の中を浮遊する。」僕たちはそんな文章に近未来を想像した。ゆっくりとおだやかに流れる時間のなか呼吸さえも大きく響きそうな静けさのなかで生活する。それから45年がたった今、活動期に入った地球は1000年に一度の地震や津波で街がなくなり、原子力発電所が破壊された。地球温暖化による海温の上昇で台風が多発し甚大な災害が人里を襲う。そして今回のコロナ・ショック。不要不急の外出を控えるために家で静かにパソコンのキーボードを打ち込む。会社のサーバーにアクセスしてデータを取り寄せ書類を作成する。イーノが「アナザー・グリーン・ワールド」で予感した未来はリモート・ワークの風景だったのか。
そして資本主義は自然が猛然と襲いかかってくるこの地球で成長を続けようともがく。資本主義経済の行き着く先はどこなのか。新自由主義は終焉するのか。地球温暖化は止めることができるのか。アメリカと中国の対立や日米同盟はどこに着地点があるのか。アメリカの次期大統領はバイデン氏になるのか。核兵器はなくなるのか。ロシアは、香港は、台湾はどうなるのか、、、。コロナ・ショックは、、、。東京オリンピックは、そしてフジロックは、、、。
問題は山積している。アナザー・グリーン・ワールドで静かにリモート・ワークしている状況にはない。