第37回 恋するふたり ニック・ロウの人生と音楽 ウィル・パーチ(著)丸山京子(翻訳)

恋するふたり ニック・ロウの人生と音楽 ウィル・パーチ(著)丸山京子(翻訳)
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このコラムの第三回で紹介させてもらった『パブ・ロック革命ーニック・ロウ/エルヴィス・コステロ/ドクター・フィールグッドらのロックンロール・デイズ』のウィル・バーチがニック・ロウのほぼ自伝を書いたので紹介させていただきます。

なぜ“ほぼ自伝”と言いますと、ニック・ロウが自伝と認めているのか認めてないのかなんとなくあやふやだからです。

ウィル・バーチとニック・ロウは友達同志、ニック・ロウは「オフィシャルにするよ」といいながら、マネジャーから「実は…」なんて電話があって、どういうことと、ニック・ロウに確認すると「いやーそれはマネジャーの伝え方が僕の真意を伝えてない」みたいな感じで“ほぼ自伝”となっているみたいです。

こういう所がニック・ロウらしいなと。

ニックも将来自伝を書いてみたい、いや絶対書かないだろうという気持ちの中を揺れ動いているのでしょうね。

ウィル・バーチとしては、この本にも出てくるピーター・グラニックのサム・クックの自伝『Dream Boogie: The Triumph of Sam Cooke』みたいな緻密な調査によるアーティストの実像に迫った名自伝にしたかったのでしょうが、なんかニック・ロウがちゃちゃを入れる評伝みたいな感じになってしまっているのがちょっと残念なような楽しいような。

例えばニックの名曲の一つ“「ソー・イット・ゴーズ」はシン・リジィのツアーで毎晩聴いていた「ヤツらは町へ」をどこかほうふつとさせる曲ではあった。ニック自身は「あのコード進行」の本当の元ネタは。スティーリー・ダンの「リーリン・イン・ジ・イヤーズ」だと言っている”

これを読んだだけでうわーである。確かにヴァースが完全に「リーリン・イン・ジ・イヤーズ」なんです。なんで今まで気づかなかったのでしょう。そして、コーラスの感じは確かにシン・リジィぽい。

スティーリー・ダンと言えば、パンクにとっては一番敵な存在のアーティストです。それを新しい音楽が生まれる空気を感じながらメロに使うなんて、ニック・ロウらしいというか皮肉が効いていると言うか“音楽のルーツなんかどうせ全部一緒なんだから、その中からどれをうまく使うかに全てかかっているんだよ”と言っているようです。

まさにニック・ロウのセンスとはこれなんです。

本ではこう書かれています。

“それは、選ばれたジャンルを組み合わせ、カントリーとスウィングするポップス、そこにロックというよりロールする音楽を加え、最高の楽曲を作り、演奏すること。

もう一つ、他の英国人ミュージシャンには真似できないことなのだが、ニックが書く曲、歌う曲は、どこかいつもタイムレスでアメリカ的なのだ”

ウィル・バーチは本当にニック・ロウの本質をよく分かっている。

そして、古い世代から新しい世代、全ての世代のアンセムになっているニック・ロウの「ピース・ラブ・アンド・アンダースタンディング」もニックが書いた時は、皮肉でしかなかったのに、エルヴィス・コステロがカヴァーした時には“いつまでも愛と平和と調和を語ることはおかしなことじゃない”という強いメッセージとなっていたニック・ロウはそういう動きを別に肯定するわけでも、否定するわけでもなく、歌っていくのです。

今のニック・ロウ再評価についても本人は喜んでいるようでもなく、困惑しているわけでもなく、新しい世代のウィルコやヨ・ラ・テンゴたちとやっているのです。この本を読むまでわかっていなかったのですが、現在のティラー・スウィフトにつながるニュー・カントリーという音楽を作ったのはニック・ロウというアメリカ人じゃないイギリス人なのです。

演歌みたいな存在になりつつあったカントリーを現代の若者にも愛される音楽に変えたのはニック・ロウなのです。ニック・ロウがカントリーの総本山カーター・ファミリーの血をひくカーリーン・カーターとやっていたようなことが今のニュー・カントリーの土台となっているのです。

この本を読んで、日本にはニック・ロウみたいな人はいないのか、演歌をちゃんとアップディト出来る人はいないのかと思ってしまいました。

『パブ・ロック革命ーニック・ロウ/エルヴィス・コステロ/ドクター・フィールグッドらのロックンロール・デイズ』の時もそうでしたが、ウィル・バーチの本は色々と考えさせてくれます。