第38回『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』ニック・コーン(著) 奥田祐士(翻訳)

『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』ニック・コーン(著) 奥田祐士(翻訳)
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イギリス、いや世界のロック・ジャーナリズムの基礎を作ったと言っていいニック・コーンの名著『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』の翻訳本が出ました。

ファッションの本なんですけど、戦後イギリスのサブ・カルチャーがどのように形成されたかを解き明かしていく本です。

一言で書くと金持ち(貴族)から普通の人に広がっていった運動です。

この本は1970年までしか語られていないのですが、これを読めば、その後、グラム、パンク、アシッドハウス、それだけじゃないですよ、ロンドンの一番高いビル、ザ・シャードがどうやって建てられたのか、オーヴァーグランドが通って、地上げ屋が暗躍して「こんな所ロンドンじゃない」と叫んでしまうようなイーストがどうやって形成されていったのかまでわかるのです。

日本で言うと、渋谷区と三井不動産のレイヤードミヤシタパークですね。こんなの嫌だと言っても、そこには歴史が蓄積されていってるのです。これに対抗する文化を作らないといけないなと、あのピカピカの街を見ながら思いました。

でも、僕ももうすぐ60歳のおじいちゃんになるので、どうしていいのかまったく分かんないですけどね、もう引退した方がいいですよ。

ニック・コーンの文章が日本語で読めるだけで感動です。当時ニック・コーンに認められないとレコードが売れなかったので、『トミー』製作中のピート・タウンゼントは、彼に完成前の音源を聴かせて、「どうだ?」って聴いたら、全然興味なさそうで、これはやばいと思ったピートは、「(ニック・コーンが興味を持っていた)ピンボールを物語に登場させるから」と、『トミー』の主人公はピンボールの世界チャンピオンになるという設定を急遽作り、あの名曲「ピンボールの魔術師」こと「ピンボール・ウィザード」が生まれたのです。

どんな逸話やねん、と笑ってしまいますよね。ピンボールが好きって、69年くらいにピンボールがそんなに流行ってたんですかね。僕もピンボール好きですけど、僕がゲームセンターに行き始めた頃は端の方に手入れもされず置かれている存在でしたけどね。

すごい時代ですよね。日本も福田一郎先生に嫌われたらレコードが出ないとかとんでも時代があったんですけど、昔はそれくらい評論が力を持っていたということです。評論というかメディアですよね。今は色んな人が発信出来るようになって力が分散したからいい時代です。

福田先生の原稿なんか今は何の意味もないですけど、と言うか検討違いの評論ばかりで何の価値もないのですが、ニック・コーンのこの本はすごい、今読んでも全然古臭くなっていない、翻訳家の奥田祐士さんの力なんですかね。原書が読みたくなりました。でも原書は10万円くらいするらしいんですよね。

ニック・コーンのもう一つの伝説は、彼が雑誌「ニュー・ヨーク」に書いたブルックリンの若者のディスコ生活の記事「トライバル・ライツ・オブ・ザ・ニュー・サタディ・ナイト」が、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』の原案となったことです。近年、彼はこの記事が、取材した記事ではなく彼の思いが入ったフェイク・ニュースだったと答えていますが、あのディスコ・ブームに『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』に登場するようなイギリスのダンスやファッション・シーンを形成していた精神が影響していたのかと思うと、僕は嬉しくなるのです。

またデヴィッド・ボウイは「アルバム『ジギー・スターダスト』は彼のP.J.プロビーをモデルとしたロック小説『アイ・アム・スティル・ザ・グレイテスト・セイズ・ジョニー・アンジェロ』に影響されている」と答えてます。

彼の本を読んでいて、僕が尊敬するジョン・サヴェージなどはニック・コーンにすごく影響されているんだろうなと思いました。ジョン・サヴェージには70年代以降のイギリスのサブ・カルチャーとファッションがどうなっていったかを書いた名著『イギリス「族」物語』というのがあるんですが、その切り口が完全にニック・コーンでびっくりしました。

自分もこのようにちゃんと受け継がれるような評論を書いていきたいんですけど、自分はしっかりしてないのが歯痒いと思います。

今回もこんな素晴らしい本と出逢わせてくれたのは外国の方です。日本のファッションの歴史本「AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか」を書いたデーヴィッド・マークスです。

彼の本がエスクァイアのカリスマ編集者ニック・サリヴァンのインスタグラムで、“男性ファッション関連の書籍として、これは『誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史』以来の名著だ”と評されたのを読んで、俺褒められたけど、『誰がメンズファッションをつくったのか?』ってどんな本だと調べてくれたことから、今回の翻訳へ繋がったんだと思います。

次回はそんなデーヴィッド・マークスの「AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか」を紹介したいと思います。