特殊音楽の世界41「圧政と音楽」

ミャンマー、大変な状況になっていますね。こういう時の無力感はどうしようもないですけどやれることはやらないと、と思います。それは自分たちの未来にも大きく関わることですからね。

この間のKBS京都での大友良英jamjamラジオでは、ミャンマー音楽に造詣の深い村上巨樹さんとリモートでつないでミャンマーの不思議な音楽とちょっとだけ伝え聞ける現在の状況について放送しました。

ミャンマーの音楽がどういうものか、まずこれを。

西洋音楽に慣れた耳ではとても不思議な音楽に思えます。

もうひとつ、これは歌入りで。

村上さんによるとミャンマーの伝統的な音楽にはハンとムーという技法があるらしく、それは邦楽の技法にも近いようです。

※ハン(Han Kwel Tai)は同じ旋律を、リズムをずらして演奏する技法

※ムー(Mu Kwel Tai)は異なる旋律を同じリズムで演奏する技法 

という具合ですが雅楽にも「追吹」という、一つの旋律を複数の奏者が少し遅らせながら演奏する技法があるらしいです。しかもそれは「ずらし」ているんじゃなくて「合わせ」にカテゴライズされているようです。

そう考えるとミャンマー音楽の、ずれているようで不思議な調和のある音の秘密が少しはわかるような気がします。

村上さんは「刻まれた音楽とノイズ ミャンマーのレコード事情」というCD付きのZINEも出されています。今、殆ど売り切れ状態らしいですがとても面白いので興味のある方はどこかで見かけたら是非手に入れてください。

https://diskunion.net/portal/ct/detail/1008207774

jamjamラジオの放送では「日本の民謡のようなもの」として紹介しましたがミャンマーに詳しい人によるとバスの中で普通に大音量で流れるような音楽らしいです。

今のミャンマーの状況が続いて、こういう音楽も含めた文化がもし変わってしまうようなことがあればとても悲しいです。いや悲しいなんてもんじゃありません。コロナ禍でどんどん文化が縮小している今の日本の状況がどれだけわたしたちの深いところに影響を及ぼしているか、皆さん実感していると思います。

文化は生きていく上で決して「不要不急」なものじゃないんですよ。

文化が私たちの意識を形作る上でどんなに重要か、多分今の日本ならばわかる人は多いはずです。

重要だからこそ、ウィルスのような要因ではなくて政治の状況変化で文化が抑圧され、それに対する抵抗運動が起きる例は世界中どこでも探すことができます。

一番知られているのはブラジルの「トロピカリア(トロピカリズモ)」でしょうか。

67年から68年にかけてリオを中心にしたカルチャー・ムーブメントですが、それは当時軍事独裁政権下で様々な抑圧のあった当時のブラジルにおいて、それに対する抵抗運動として音楽、演劇、映画等の表現で社会を変えていこうとする試みでもありました。

私は未見ですがトロピカリアの映画もあります。予告編ですがこれを。

その運動はブラジルの伝統的な音楽からの影響を継承しつつ、欧米のロック、サイケ、ソウル等の様々な音楽からの影響も取り込んだ新しいスタイルの音楽を生むことになります。

カエターノ・ヴェローゾはジルベルト・ジルと一緒に「反政府主義活動」で投獄された後69年から72年までロンドンに亡命しています。

亡命から帰国した直後に録音された「アラサー・アズール」はカエターノの長いキャリアの中でもアヴァンギャルド&サイケ度の高いアルバムです。

軍事独裁政権による抑圧に抵抗し、自分たちの新しい文化を作っていこうという創造力にあふれた名盤だと思います。

カエターノやジルベルト・ジルとともにトロピカリアを支えたガル・コスタも69年に「シネマ・オリンピア」という超どサイケなアルバムを発表しています。

トロピカリアではもう一つ忘れてはいけないバンド「ムタンチス」。

87年から91年にかけて発生したバルト3国の旧ソ連からの独立運動「歌う革命」(singing revolution)も抑圧に対する文化の対抗運動として捉えることができるかもしれません。

旧ソ連統治下ではバルト3国の国家、民謡、聖歌などは禁止されていましたし、またそれだけではなくたとえば当時のエストニアの代表的なシンガー、作曲家、プロデューサー、アレンジャーとして500以上の録音作品を残したMaryn E. Cooteはそれらのほとんどを焼却させられたらしいです。(これについての詳しい事情を調べましたがわかりませんでした。もしご存知の方がいらしたら教えてください。)

87年から繰り返されていた独立デモは、自発的に演奏される音楽が特徴だったと言います。それは、それまで禁止されていた曲がエストニア人のロック・ミュージシャンによって奏でられ最終的に30万人規模(当時のエストニア国民数の1/4)のデモになりました。 

88年には数多くの集会や音楽祭で自発的に祖国の歌が歌われ無血で独立を勝ち取る大きな力になったそうです。

このこと、どう思います。文化ってこんなに力があるんですよ。無血で独立を勝ち取る力があるということは逆もできうるということなんですよ。他人を抑圧する力もあるということです。音楽の力をなめてはいけません。だからこそ自分たちの文化を自分たちの力で新しく作り上げることはとても重要だと思います。

エストニアの「歌う革命」前後でも伝統音楽と西側諸国の音楽の影響を受けた新しい音楽を作ろうとした動きがあったようです。

「歌う革命」からの直接的な影響があったかどうかはわかりませんが、そういった歴史の上で今がある2人のエストニアの音楽家を紹介します。

まずテニスコーツとのコラボアルバムも出しているパスタカス(現フィンランド在住)。

 そしてパスタカスと一緒に来日したこともあるマリ・カルクン。

 彼女が弾いているのはエストニアの伝統楽器カネレ(kannel)です。

スペインも、戦前から続いたフランコの独裁政権下でカタルーニャ語の歌詞の禁止、イデオロギーの発信の禁止といった厳しい統制が敷かれていましたが フランコの死後、民主体制に移行した直後にやはり新しい自分たちの文化を作る動きが活発化したようで、バルセロナのあるライヴハウスを中心にアヴァンギャルドなジャズ・ロックを中心とした「ライエターナ・ミュージック」と言われる新しい音楽の動きが生まれたそうです。

これについて私は詳しく知らないので音のリンクは貼りませんが興味のある方は調べてみてください。

ここでお知らせです。

去年開催予定で延期した ONJQ(大友良英new jazz quintet)「Hat and Beard」のレコ発ツアーのお知らせです。
5/27(木)京都磔磔 ¥4000/¥4500(ドリンク別)
5/28(金)名古屋得三 ¥4000/¥4500(ドリンク別)
5/29(土)新宿pit inn (sold out)

各開場/開演時間は変更の可能性があります。チケット発売、プレイガイド情報も合わせて各ライヴハウスのホームページをご参照ください。

F.M.N.石橋

 :レーベル、企画を行うF.M.N. Sound Factory主宰。個人として78年頃より企画を始める。82~88年まで京大西部講堂に居住。KBS京都の「大友良英jamjamラジオ」に特殊音楽紹介家として準レギュラーで出演中。ラジオ同様ここでもちょっと変わった面白い音楽を紹介していきます。