カレー屋店主の辛い呟き Vol.41 「大橋裕之とゾッキと街の上で」

カレー屋になった頃。「週1本。2時間ぐらい。映画館で映画を観れへんよーな大人は終わってるで…」とある先輩から何気に言われた言葉に、芯食わされたコトがある。「あー全くその通り」と、実践してみるとキツキツの時間の中で無理矢理空けた2時間じゃ楽しめんなーと分かってくる。んで、どんどん余白を作っていった結果、店のランチの営業が週3日だけになったりもする。笑 余白をどんどん埋めてくコトが合理的で、論理的であるってのが、今の日本の大人のあるべき姿なんやろーけど。ここ最近、生活と娯楽に必要な金を稼ぐギリギリまで、余白を作るコトに没頭してる。余白は余白のまま何もしなくてもいいし、オモロそうなコトがあったら少しづつ埋めていってもいいわけで。結果ゆるーいカレー屋店主が出来上がってもーたって話。

そんなゆるいカレー屋店主が敬愛してやまない一人の漫画家。それが今回紹介する大橋裕之。彼の作風のコトを一言でゆーと正に「余白」のマンガ家。今まで誰に話してもピンと来なかった彼の名前が、ここ最近よく聞くようになって来た昨今。もちろん会ったコトもないけど、なんか旧友がここに来て、いきなり注目されてるよーな不思議な気分。このキチキチな世の中で、「余白」だらけの漫画家さんの作品が注目されてるって何か捨てたもんじゃないなと思いますわ。

むー。また、なんかダラダラ書き出してもーてますね。皆様いかがお過ごしでしょか?大阪・上本町のカレー屋兼飲み屋店主の”ふぁにあ”です。せやけど、「酒出しちゃダメッ!」ってさ。こんな冗談みたいなコト日本でも起きるんやね。もーなんとも言いようがないわ…笑。とりあえずノンアルのドリンクと、持ち込みでなんとかしよか。まーそうもいかんねやろーけどさ。笑 てかさ、これ日本でやっても外で飲むだけやねーのか?飲みたいヤツはさ。なんか、7、8年前に大阪のCLUBシーンで猛威を振るった「1:00以降踊っちゃダメ。客踊らしたら逮捕じゃー」問題を思い出すとゆーかね。あんときも経営者はことごとく逮捕されて、結局不起訴。多大な金銭的な被害だけが残ってさ。CLUBを閉めたコトで、街に放された若者は外で飲んで、結果、治安が悪化して。CLUB開けてたほーが良かったなゆーて。まっ。ごちゃごちゃゆーてもな。トンチと工夫でオモシロく生きていきますけどね。何がどーあれ。

んで。また脱線しかけたけど、大橋さんの話。昨年公開のアニメーション「音楽」に続いて、初期作品短編集の「ゾッキ」が映画化。共同脚本で参加してる映画も公開と、大橋裕之の名前を聞くコトがどんどん増えたこの機会に、彼の素晴らしさをわかち合える同士を増やしたいなと。なんとか彼の魅力が伝えられる文が書ければいいんスけどね。

■個人的大橋裕之オススメ

始めて大橋裕之の作品に触れたのはいつやったんやろか。多分アメ村のビレバンの子から勧められたのがキッカケやったと思うけど。だから多分時期的に、最初に読んだのは「音楽と漫画」なんやろなぁ。この作品を読んで受けた衝撃はすざましくて、そこからずっとファン暦を更新し続けてる。いろいろな名作が短編含めるとあるんやけど、全ての作品に共通するのは余白とゆーか間。そして人間への優しい目線と毒。何が起こったかじゃ無くて、その空気そのモノを描く大橋ワールド。ここからは、いろんな作品の中から、個人的オススメをいくつか紹介できればと。

「音楽と漫画」

この作品のコトは以前にも触れたことがあったと思うけど。も一度説明すると、あらすじ的には、ヤンキー3人がベース+ベース+ドラムのバンドを組む。ってだけのハナシ(やねんな…)笑 圧倒的なまでの画力のなさと、スカスカな余白だらけのコマとストーリー。まず始めに感じたのは、当たり前に「何じゃコレ!」んで、読み進めていくと、もう不穏な感じになるぐらいの、コマから漂うグルーヴ感と疾走感。音楽に触れた時の衝撃とか、初期衝動とか、僕みたいなもんは使い古された言葉でしか表現出来ない、目に見えないモノを描いたこの作品。繰り返し何度も読み返すと適当に書いてるよーで、実は無駄な線は一切なくて、凡人の僕から見ると嫉妬すら覚える。コマから音楽がなってるような漫画は沢山あれど、音楽に触れた衝撃ってゆー言葉にできない激情ソノモノを、こんなにダイレクトに表現してる作品は未だに見た事がない。ほんと、唯一無二。音楽と漫画が好きなら一度は読んどくべきっス。

映画版「音楽」のコメント予告。動画中にもあるけど、大橋裕之の煌めきと40000枚を手書きする監督岩井澤の狂気が合体して生まれた奇跡の作品。「この絵が動いてるわー」と単純にタマゲタ。

ついでに岩井澤健治の短編「福来町、トンネル路地の男 -Man in the Tunnel Alley-」もっと世の人に知られるべき人だと思う。

「シティライツ完全版上下刊」

ここに載せてるシティライツ完全版は2011年から始まった『モーニング・ツー』連載当時の傑作短編集に単行本未収録作、描き下ろし作を加えた増補完全版として発売されたモノ。スパイが苦手なスパイ学校の先生、超能力は使えないけど超能力を愛する超能力研究部の女子。石器山の街を舞台に、冴えない登場人物達が織りなす、愛おしくなるハナシが沢山。この本の紹介文の言葉が、一番この作品を上手に表現出来てるから書いとくけど。「冴えなくて愛おしい登場人物が大きな失望と小さな希望を胸に今日も静かに歩む。ひとつの町を舞台に不器用だけれど精一杯生きている住人たちが織り成す数奇な群像劇。読んでいる人の明日への絶望が失望程度に代わる、純漫画の金字塔、ここに完結。」ってゆーな。上質のコントであり、最上級の暇つぶし。余談やけど。このシティライツの中の人気シリーズ「超能力研究部」のストーリー達が映画化されてるねんな。それもアイドルの乃木坂46の3人を使って…。撮ったのはもはや巨匠の山下敦弘やし。映画の半分はメイキングで、それもフェイクドキュメンタリー(ドキュメンタリー風に撮影してる)。とカオス的展開を見せつつ、きっちりアイドルムービーに仕上がってるところがオモロすぎ。ご興味ある方はドゾ。これ確信犯でスタッフ達遊んでるわ 笑

映画「超能力研究部の3人」の予告

「遠浅の部屋」

大橋裕之の自伝漫画で、大橋版「まんが道」。「1998年4月、高校を卒業した僕は、プロボクサーになると言って実家を飛び出し、この街にやってきた。本当は…漫画家になりたいのに…。俺は一体、何をやってるんだろう…」から始まる青春迷走劇。誰にでもある、いや、あった青春時代の迷走は甘酸っぱく、切なく、そして人から見ると喜劇ってコトを、コマの中の大橋青年は教えてくれる。そして、大橋作品に共通するあの目の誕生のシーンも。ラストの映画「キッズリターン」のオマージュのような、「俺たちもう終わったんかな?」「始まってもないし、今後始まることもないだろう」の台詞。キッズリターンでは「まだ始まっちゃいねえよ」だったこの名台詞が、「今後始まることもないだろう」やねん 笑 でも、コレが普通の現実なんだよ。んで、この作品を書いた当時(2013年)はまだ知る人ぞの状況だった彼が、人気漫画家になってる今再読すると、この時期改めて初心を自ら問う大橋氏にとっての決意文だったのかなと感じる。それにしても「遠浅の部屋」ってタイトル美しくて深い。

「夏の手」

大橋作品の共通点として「女の子のかわいらしさ」があると思うねんけど。この絵だけ見た人には伝わらんか?笑 不思議と全作品共通するこの感じ、この作品のヒロイン「みっちゃん」も素晴らしく魅力的。この表紙の絵の彼女、中身見ないで何のシーンかと当てれるヤツおらんやろなぁ、衝撃的なシーンっス。話は「どうやら今年は夏が日本に来ないらしいよ。夏さんが来ないと、日本は夏にならないって。夏さんは常夏(とこなつ)の島、ケロ島に今いるんだって。」で始まる荒唐無稽な少年たちの冒険譚。話の整合性とかなくて、展開もぶっ飛んでるし、相変わらず絵は下手ヘタ。でも、少年達の感情の揺らぎがなぜかバーンと入ってきて、読み進めるとホント泣けてくる。まさに大橋版「スタンド・バイ・ミー」。個人的にはそれを越える名作やと思うけど。特にラストのページからは少年の頃の夏の匂いがして、毎年夏になると読みたくなる名作。切なく愛おしいのじゃ。(じゃて…。)

■「ゾッキ」と「街の上で」

前述したよーに。この春、大橋裕之関連で2つトピックがあって。1つは初期短編集「ゾッキ」の映画化。

このニュース最初に聞いたときから嫌な予感しかしなかったけど。「ゾッキA」「ゾッキB」という名作揃いの短編原作の大ファンからすると、あの世界観と間を実写で撮るのは相当難しいやろなぁと。おまけに監督は、竹中直人・山田孝之・齊藤工の共同監督。俳優としても、クリエイターとしても嫌いじゃない3名やけど荷が重すぎやろって。

映画「ゾッキ」予告

んで、観た結果。一言でゆーと「オモロかった」。ただこれ単純に原作ファンだからかもしれないけど。3人の監督の原作愛がにじみ出すぎてて、あまりにもそのままってゆーか笑 オモロいぐらいの原作リスペクト。そして「ゾッキ」短編を何本か組み合わせて、かなり無理矢理1本の作品にしてる(大橋氏の故郷蒲郡市をロケ地とする作品の性格上こうなった?)から、原作読んでない人は何の話?てか、何の映画?って。わかるのかなーと 笑 ただ、大橋ファンとしてはストーリーを追う必要が無いので、細部に注目できてホンマにワラケてもーた。そもそも配役が、あまりにも原作に寄り添いすぎ。特に原作の中でも個人的に大好きな「伴くん」のエピソード。コウテイの九条があまりにも「伴くん」すぎて、このパートを撮った斉藤工氏、演出含めてやるなーと。ただね。映画観る前か、後かわからんけど必ず原作漫画は読んだ方がいいで。その方がいろいろ小ネタも分かるしさ。しかし、ピエール瀧がムショ帰りの役でとか、倖田來未の出方とそのハマりっぷりとか、松井玲奈の無駄遣いとか。豪華なメンバーで楽屋オチに近い遊びをしてるのうらやましいなと。

伴くんのエピソード。九条も言ってたけどあまりにも見た目が「伴くん」すぎて。

んで。最後にもう一つのニュース。先月も今泉力哉監督の「あの頃。」を紹介したんやけど、今回も同じ今泉力哉監督の一年越しで最近公開になった「街の上で」とゆー映画のおハナシ。大橋氏とはあんま関係ないよーな事柄やけど、実はこの作品に彼が共同脚本で参加してる。そのコトによって、個人的に大好きな今泉監督作品史上最高傑作になったんじゃ?って推論から一応書いとこうかなと。映画としても素晴らしかったし紹介するのは悪い話やないよね?

映画『街の上で』予告編

映画は下北沢映画祭での公開作品として撮られた為、下北沢の街を舞台にした若者の恋愛群像劇。今回の作品も、今泉作品に共通する、舞台を見ているよーな「シーン・カットの少なさ」だったり、「女優さん達がより魅力的に映る演出やカメラ割り(なのか?)」による仕草や表情の切り取り方だったり。んで、今回も「今、恋愛映画を撮らせたら随一」の評判通り、恋愛が軸になった話だし。今泉作品の特徴がより強く出た作品なんやけど。脚本に大橋氏が入る事で、各シーンのパート毎、よりフリオチが効いた上質のコントに仕上がってるねんな。劇場で2回観たけど、一つのシーンで何度もあんなに爆笑がおこってる映画は久しぶりで、あえてゆーと東京03のコントが連続してるよーな感覚に。もう、空気感でワラケてもーてるんス。これ実は、日本映画ではなかなか無い話で、今までの今泉作品から大きくパワーアップしてるトコ。これ大橋さんの脚本参加が要因やろって思ったわ。ほんま、大橋さん要素がバシバシ入ってる

そもそも、今泉作品と大橋作品には共通する特徴があって、それは登場人物が少しづつおかしいダメな人間なトコロ。そしてその登場人物が、本質的には何も変わらんし、変わるところは描かれない。そのままでいいんやでーと。これが彼らの作品の最大の共通点のよーな気がして。僕含め支持者は愛おしくなるんやろな。そして、いろいろ意味は違えど余白と、その空気を描くコトに長けた2人の合体がこんな素晴らしい映画を生むってコトに感心。いい映画なので観てみて!そして映画からも大橋裕之のコトに興味を持ってもらえるとなんか嬉しい。何の関係もないけど、彼の魅力について話せるヤツが少ないんだよ…。

長々と今回も書いてもーたけど、この機会に大橋裕之という才能に一人でも気づいてほしいなと。峯田氏が彼の本の帯に書いてたけど、僕にとっても彼の作品って「友達みたいな存在」なんで。

では今回はこの辺りで。

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