特殊音楽の世界46「2021年ベストアルバム」
- 2021.12.04
- COLUMN FROM VISITOR 未分類
今回は2021年度のベスト、というよりも忘れてはいけないいくつかの重要なアルバムをご紹介します。
「アルバム」という単位がもうほとんど意味をなしていない現在の状況ですが、それでもジャケットやライナーも含めて「アルバム」としてトータルでとらえることの重要性はまだ有効だと思っています。
まずはホーリー・モーダル・ラウンダーズのピーター・スタンフェルの「Peter Stampfel’s 20th Century in 100songs」。
まずホーリー・モーダル・ラウンダーズの説明が必要ですよね。
ピーター・スタンフェルとスティーヴ・ウェーバーの二人を中心に60年代初めからニューヨークを中心に活動していたフォーク・グループ、と簡単には言えるんですがそうするとあまりに多くのことが抜け落ちる複雑な側面を持ったバンドです。
映画「イージー・ライダー」で曲が使用されたことで広く名前を知られるようになりましたが、60年代のグリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シーンのなかでも特異な存在でした。またビート・ジェネレーションの代表的なバンドでもあり、同じくビートニクスのバンドthe Fugsに曲を提供していたり、劇作家で俳優/脚本家(パリ、テキサスの脚本等)のサム・シェパードも一時期メンバーにいたりしていました。
ESPレコードからリリースしたIndian War Whoopという超サイケなアルバムが有名ですね。
サム・シェパード(ドラム)がメンバーにいる時期のTV出演時の映像があります。
しかしこれではホーリー・モーダル・ラウンダーズの魅力は十分に伝わらないんですけどね。
前置きが長くなりましたが、そのピーター・スタンフェルが82歳にして5枚組のアルバムを作りました。
それは20世紀の100年を1年1曲ずつ選曲した全100曲をカバーという力作です。しかも88ページに及ぶスタンフェル自身による曲解説のブックレット付きです。
似たようなアイデアのアルバムはリチャード・トンプソンも出していますが、これってまるでハル・ウィルナーがやりそうな企画ですよね。
それもそのはずでハル・ウィルナーの作ったトリビュート・アルバム・シリーズの常連でもあったマーク・ビンガムがプロデュース/演奏で深く関わっています。
でもそんなことよりも齢80歳を過ぎたピーター・スタンフェルのヴォーカルがとにかく味わい深くて素晴らしいんです。
多分、1日何曲も録ったからなのか声もカスカスで全く出ていないチューンもあるんですが、またそれも素晴らしいんです。
さらに、なんとyoutubeで全曲無料公開されています。
その魅力的なカスッカスな声での曲を紹介しましょう。
歌のうまさ、ということは一体なんなのか、何を根拠にうまいというのか、この魅力あふれるカバーを聞くと考えさせられますよね。
ブックレットも面白く、スタンフェルの60年以上のキャリアならではの視線から各曲についてとても興味深い丁寧な解説がされています。
CDじゃないと読めませんが、、、。
76年発表の曲からラモーンズのI Wanna be Your Boyfriendが選ばれカバーされているのですが(ちなみに78年はバズコックスのEver Fallen in Love)この曲の解説でパンクについても触れられています。
スタンフェルの考える最初のパンクは前述したthe Fugsだったそうです。the Fugsはthe first Punks-Bad attitude、no musical knowledgeであったとあります。
そのthe Fugsは01年頃に来日のはなしもあったんですよね。しかし予算的な問題と歌詞の翻訳の問題で実現しませんでした。
ビート・ジェネレーションを代表するバンドであるthe Fugsは、つまりアメリカの文化史にとってもとても重要なバンドであると言えます。
今回のアルバム紹介とは関係ないですが、そのthe Fugsの動画を。
次に紹介するものもアメリカのルーツ・ミュージックに深く関係したアルバムです。
「ハリー・スミスB-side(4 CD+Book。)」
1952年にフォークウェイズ・レコードからリリースされた「アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック」という伝説的なアナログ6枚組BOXがありました。
古いカントリー、ブルース、ケイジャン、ゴスペル音楽を録音した78枚のSP盤からハリー・スミスが曲を厳選したBOXで、フォーク・ミュージック・リバイバルの大きな推進力となり、現在のアメリカーナと呼ばれる音楽にも大きな影響を与えています。
このBOXは「アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック」に収録されたSP盤のB面のみを、オリジナルと同じ順番で収録するという画期的なアイデアによるBOXです。(ただし人種差別的歌詞があるため3曲カットされています。)
まずハリー・スミスが何者かということですが一言で説明することは本当に難しいです。
芸術家、音楽家、画家、評論家、言語学者、オカルト系歴史学者、哲学者、詩人、奇術師と様々な分野で活躍した、まあ、要するに多彩な変人と言えばわかりやすいかもしれません。
ハリー・スミスに関してはカンパニー社から「ハリー・スミスは語る 音楽/映画/人類学/魔術」という本が出版されています。興味のある方は是非どうぞ。
http://companysha.com/harrysmith
話を戻しますが、このBOXに収録されている音楽はどれもとても興味深いです。もちろん古いブルースもたくさん収録されていますが、1920〜1940年代のアメリカの大衆的な音楽はこれだけヴァラエティに富んだ様々な側面を持っていたのかと驚かされます。それとともに今のアメリカの音楽への影響というか流れみたいなものも深く考えさせられます。
とりあえずBOXの中で一番驚いた曲を紹介しましょう。
アメリカ伝統音楽の収集家として有名だったアラン・ロマックスの録音ですが、こういう不思議な音楽が身近に楽しまれていたのかとアメリカの音楽の歴史の深さに改めて驚かされます。
アメリカ音楽のルーツはブルースだけじゃないんです。
今年出たものではないですがハリー・スミス監修の「アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック」をハル・ウィルナー・プロデュースでカバーしたBOXもリリースされています。
リチャード・トンプソンやベック、ソニック・ユース、ペール・ユビュのデヴィッド・トーマス等々ハル・ウィルナー・プロデュース作品らしく豪華なメンバーでの「ハリー・スミス・プロジェクト2001」というライヴ録音集で、これもまたとてもいいアルバムでした。
その中から1曲紹介しましょう。ジャズ界の巨匠、チャーリー・ヘイデンの娘ペトラ・ヘイデンによるカバーです。(MCはベック)
今年、一番忘れてはいけない重要なアルバムがあります。
それはyumboの澁谷浩二のソロ作品「Lots of Birds」。
瀬川雄太のドラム&ギター、元山ツトムのペダル・スティール・ギターというサポート以外、全ての楽器/ヴォーカルを澁谷浩二が担当しています。
2021年度のベスト1は何かと訊かれれば迷わずこのアルバムの名前を出します。
曲の良さはもちろん楽器の音、バランス、録音、ブックレットも含めたジャケットアート、時折不安定に思えるヴォーカルに至るまで全てが素晴らしいアルバムです。
誰かに例えるのは本当に良くないと思うのですが、ロバート・ワイアットの諸作を思い出しました。
強烈に印象が残る曲調でありながら、あくまで柔らかくそれでいて染み込むような歌声と雲のように漂いながらもしっかりした意志を感じるバック、完璧なバランスと音質によるミックス、と何度聴いても新鮮で新しい発見に満ちている大傑作です。
もうひとり、やはり忘れてはいけないこの人の作品を最後に挙げます。
Phew「New Decade」。
この作品については多くの充実したインタビューもありますし、DOMMUNEでのPhewの特番もあり(時間が足らなかったため来年第二弾が予定されているようですが)、ここで多くは語りません。
しかしPhewはやはり「声/歌」の人であり、このアルバムも強烈に渦巻く電子音で満ちていても「声/歌」のアルバムであると思います。
Phewの「声」がどれだけの力と魅力を持つ特別な存在であるか、New Decade発売前に突然連続して公開された童話の朗読を聴いていただければ十分にわかると思います。
慣れ親しんだ童話がここでは全く違う世界の話になっています。Phewの声は新しい経験を導く稀有な「声」であると思います。
そしてNew Decadeも同じように全く新しい世界を開く強力な力を持っているアルバムであると思います。
石橋正二郎:レーベル、企画を行うF.M.N. Sound Factory主宰。個人として78年頃より企画を始める。82~88年まで京大西部講堂に居住。93年にレーベルを立ち上げる。KBS京都の「大友良英jamjamラジオ」に特殊音楽紹介家として準レギュラーで出演中。ラジオ同様ここでもちょっと変わった面白い音楽を紹介していきます。