第56回ボビー・ギレスピー自伝 ボビー・ギレスピー(著)萩原麻理(翻訳)

ボビー・ギレスピー自伝 ボビー・ギレスピー(著)萩原麻理(翻訳)
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初来日時のボビー photo by Kenji Kubo
『ギブ・アウト・バット・ドント・ギブ・アップ』リリース時のボビー photo by Kenji Kubo

プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーの自伝がついに出ました。彼の伝説は、元マネージャー、元レーベル・オーナー、親友のアラン・マッギーの自伝でよく分かっていたのですけど、彼の口から真実が読めるということは嬉しい。アラン・マッギーが山師とするなら、彼の物語はロマンチストです。

原題の『テネメント・キッズ』ということからも分かるでしょう。テネメントというのは日本でいう団地、アメリカでいうプロジェクト(低所得者用のアパート)。日本の団地に比べたら、スコットランド、イギリスのテネメントはお城のように見えますが、彼の絶望感はよく分かります。

今の日本で言うと、どれだけ頑張って働いても手取り14万の地獄という奴です。この自伝はそこからどうやって抜け出したかが、克明に書かれています。

アラン・マッギーの自伝はボビーがドラムを叩いていたジーザス&メリーチエインの曲名「アップサイド・ダウン(ドタバタ)」のようにジェットコースターのような山あり、谷あり、でしたが、ボビーの歴史にはアラン以上にいつも音楽がそばにありました。

ボビーが働きだした頃の話なんて泣けます。

パティ・スミスの「ピス・ファクトリー」の一説

“16っていうのは金を稼ぐ年

私は小便臭い工場で働きだした”

を聴いて彼はこう思ったのです。

“それは俺の暮らしを描いていた。この人は俺が体験したことを生き、同じ生活について語っている。まさにその時の俺の生活を。

労働とは何か、その意義に疑問を持ったのは俺だけじゃなかった。でも労働者階級では当たり前のように、仕事を受け入れるしかない。ジェームス・ブラウンはこう歌った。「働かなきゃ、食えないからな」。

 俺たちは工場で、造船所、炭鉱で、スーパーマーケットで、店で、裕福な地主が所有する農場で、大企業のため、国のために働くだけの存在だった。俺たちが存在するのはあくせく働き、貴重な人生の1秒、1分、1時間、1日を家族や愛する人と離れて費やし、利益を出して資本家を肥えさせるためだった。労働とはまた、人に居場所を叩き込むためのものでもあった。その教訓は何百年も続いた封建制度、その後の産業革命の恐怖を通して、何世代もの農夫と労働者階級の人々の骨身に染み込み、頭に灼きついた。そしていまや俺は脱工業化の始まりにおいて、働きはじめる年齢になっていた。

 当時は気づいていなかったが、それは音楽のために書かれたビートの詩だった。“ピス・ファクトリー”はレジスタンスの歌だった。異議と不服従の讃歌だ。自由の歌、階級意識の歌、俺は曲のキャラクターが語るストーリーに心から共感していた”

ボビーの歌とはまさにこれなのです。彼の自伝を読んでいても、彼の意志はブレない。シンガーとしては、かぼそい彼の声がなぜ僕らに力強く響くのかこの本を読めば分かるでしょう。

今の世の中は、ボビーが音楽で生きていこうと思っていた頃から何十年も経っていますが、何一つ変わっていない。ネットの世界になって、色んな人が自由に稼げると思ったのも束の間、僕らは大企業のコマのように働かされている。ヒッピーみたいな奴らが作った新しい企業なのに、本質は産業革命の頃の資本家と何一つ変わっていない。

そんな不思議な世界を僕らは生きている。今の僕らの世の中というのは、生活保護を受ければ家賃4万円の所に住めるが、それよりも安いレオパレスの家賃2万5千円の所に住んで、週に二日だけ働いて、週5日間の自由を楽しく生きれる。そんな若者の生活が、大企業が運営し、彼らの匙加減で収益も決まってしまうYouTubeにたくさんアップされている。

どんな地獄に僕たちは生きているのでしょう。

これが今の日本の『テネメント・キッズ』です。日本じゃないか、東京以外の『テネメント・キッズ』の現状です。こんな中から、新しいボビーは出てくるのか。家賃2万5千円、週2日のバイト生活で3000円の本は高いかもしれないけど、読んでもらいたい、そして、ボビーの物語を俺の物語だと思ってもらいたい。

追記

プライマル・スクリームって名前は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが実践していたサイコ・セラピー、プライマル・スクリームからとられていたとずっと思っていたのですが、プライマル・スクリームというバンド名はザ・フォールの『ライブ・アット・ザ・ウィッチ・トライアルズ』の「クラップ・ラップ2」の

“俺たちはザ・フォール

白人のゴミが言い返す……

俺はロックンロールの夢を信じる

俺はプライマル・スクリームを信じる”

というラップから取られていて、ボビーさすがだなと思いました。