カレー屋店主の辛い呟き Vol.56 「We Are The World」

最近、店で流行ってる遊びがありまして。ある元DJとラッパーとその仲間達が来店した時の恒例行事で、「We Are The World」を観ながら、みんなでツッコミをするだけなんやけど。この曲がリリースされた1985年から40年近くたった今見ると、よりオモロい。ライオネル・リッチーの顔は、覚えているよりも長かったし、ブルース・スプリングスティーンの声は、バーボンでうがいしたみたいにガラガラ過ぎやし、誰やったか、忘れてしまったアーティストさんも沢山。昔このPVは見たはずで、改めてこんだけのスーパースターよー集まったなと思うと共に、これ仕切るのエグいなぁなんて気持ちも湧いてくる。まぁ、何しか一人一人の個性がヤバいねんな。

皆様こんにちは。いかがお過ごしでしょか? 大阪・上本町のカレー屋兼飲み屋店主の「ふぁーにあ」と申します。今月もこのコラムを読んでいただき、ありがとうございます。今回はこの「We Are The World」のお話。PVを見ていて、これ誰やろ?みたいなコトを含めて、気になるコトだらけやったので、調べて見ると、結構オモロくて。歌は知ってても、その経緯みたいなモンは、あんまり知らん人も多いんちゃうかなと思う訳で。

■「Do they know it’s christmas」〜「We Are The World」

U.S.A. For Africa – We Are the World

史上最大のチャリティー・シングル「We Are the World」の、オールスター・レコーディング・セッションが行われたのは、1985年1月28日。ハリウッド、A&Mレコーディング・スタジオ。アメリカン・ミュージック・アワードの終了後、40人以上のアーティストがこの歌をレコーディングするために集合したんスね。んで、これどういう経緯で始まったかってコトなんやけど。これには、遡ること3ヶ月前にレコーディングされたある曲が、やっぱり関係してるよーで。

Band Aid – Do they know it’s christmas 1984 スティング若い!

1984年11月25日。ロンドン・ノッテングヒルのスタジオに、総勢37人のアーティストが、アフリカの飢餓を救うための、チャリティーシングルの録音の為に集まって出来たのが、上に貼り付けたこの曲。録音のほぼ1月前、BBCで放送された「エチオピア大飢饉」のレポート(後には軍事独裁政権下で起こった雨不足による干ばつと、政府対応の遅れにより、餓死者100万人、被災者は最大800万人出たとも言われる大惨事やった事が判明する)を見た、アイルランド出身のニューウェイヴバンド「ブームタウン・ラッツ」のボーカル、ボブ・ゲルドフはショックを受け、「ウルトラヴォックス」のミッジ・ユーロに、アフリカ飢餓救済の為の資金を集めるアイデアと、それを実現するためのスーパーグループ結成を持ちかけ、それに賛同した、アイルランド・イギリスのポップス、ロックのアーティストが集まって結成されたのが「バンドエイド」。そして24時間ぶっ通しで録音と、ミックスダウンをされたこの曲は、レコーディングわずか4日後にはリリース。英国史上最多セールスを記録して、その後、全世界で賞賛されつつ、大規模なヒットになるんスね。

今聞くと、非常にシンプルなミッジ・ユーロの楽曲の上で、ジョージ・マイケル(ワム!)、サイモン・ル・ボン(デュランデュラン)、スティング(ポリス)、ボノ(U2)なんかの、稀代のメロディメーカーで、自分の“節”を持ったアーティストが、与えられた音階に、各自フェイクで味わいを加えた、ある種フリーなディレクションのお手本のよーな作品。映像を見ると、集まったメンバーが若かったコトもあって、ライバル心とエゴからの、ピリついた空気感を感んじるし、それが映像として残ってるのはオモロい。

余談やけど。MTVという音楽専用局が出来たのは1981年。それ以前は、TVのライブショーや、映画じゃないと、アーティストの動いている姿は、家庭ではあまり見る機会がなかったのよ。そして、MTVでPVを流すよーになってからPVの重要性が増してったワケ。そんな流れに、いち早く対応して世界的スターになっていったのが、「バンドエイド」に参加してた、若手イギリスのミュージシャン達。アートスクール出身者が多かった彼らは、映像の重要性に気づいてたって説もよー聞く。まぁ何しか、そのMTVのお陰で、どこの国の、どこの誰であっても、MTVに載ってしまえば一瞬で、バズった。それが、一瞬でこの曲が世界中に伝わった最大の理由かと。

そして、実は1981年の頃の初期MTVって「白人」のPVしか流れてなくて、まだまだエンタメ業界での白人至上主義は続いてた時代。サタデーナイトフィーバーで、ディスコミュージックが流行った時も、黒人アーティスト達は、自分達の音楽が盗まれたと感じてたよーだし、MTVでブラックミュージックが流れ出すのは、MJの「ビリージーン」、ハービーハンコックの「ロックイット」の登場を待たなあかんかった。つまり「Do they know it’s christmas」がリリースされた当時、白人世界における、黒人の世界的スターがよーやく生まれつつあった時代やったってコト。これ「We Are the World」のプロジェクトを考える上で、MTVと黒人スターの誕生って重要な背景やったと思うんス。

■「We Are the World」の意義

We Are The World THE STORY BEHIND THE SONG(日本語字幕)

このイギリスのアーティスト達の「Do they know it’s christmas」の取り組みは賞賛を受け、急速にチャリティへの関心が高まってく中で、当初、芸能のシステムが確立されたアメリカのエンタメ業界では、レコード会社、マネージメントの権利関係が複雑で、同じことをやるのは難しいって空気感が漂ってたみたい。そこで、立ち上がったのが「バナナボート」で世界的ヒットを飛ばした黒人スターの草分けであり、社会活動家として、有色人種の地位向上に取り組んでた「ハリー・ベラフォンテ」。

Harry Belafonte – Banana Boat Song (live) 1997

彼にとっては、「アフリカの飢餓問題」は自分のルーツに関わる大きな問題。この「Do they know it’s christmas」の動きは、よりアーティストとして、活動家として、大きな使命感を持つことになったそう。そして動き出した彼は、ライオネル・リッチーや、アメリカのカントリー歌手の大御所ケニー・ロジャースの大物マネージメント「ケン・クレイガン」の元を訪ね主旨を説明して、賛同を得ることになる。そして、ケン・クレイガンは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」を手掛け、何回目かの絶頂期を迎えてた「クインシー・ジョーンズ」にプロデュースを依頼。当初、ライオネル・リッチーとスティービー・ワンダーに作詞・作曲を依頼する構想を立てた彼は、スティービーのスケジュールを考慮して、マイケル・ジャクソンに依頼を変更。同時に、ケン・クレイガンはアメリカのTOP40のランキングを眺めながら、アーティストに参加のオファーの電話をかけ続ける。やから、この企画のスタートになったハリーベラフォンテを讃える為に、上に貼り付けたメイキング映像の中で、参加者が「バナナボート」を歌うシーンが出てくるねんな。参加者の「アル・ジャロウ」がふざけてただけって話もあるみたいやけど…。

こうして、ハリー・ベラフォンテの熱意から始まった、このプロジェクトは、クインシーのプロデュースで、マイケルと、ライオネルの作詞、作曲という黒人の座組みの上に、ビリージョエル、ダリルホール、ブルース・スプリングスティーンなどの白人スターや、ウィリーネルソン、ケニーロジャースなどの国民的白人カントリー歌手、そして、ポール・サイモンや、ボブ・ディランなどの白人大物歌手が乗っかるという、今までのアメリカの音楽シーンでは考えられなかったプロジェクトとして実現することになったワケ。

今考えると、チャリティって機会に、単にスーパースターが集まったという事実だけでも凄いんやけど、音楽史的観点から見ると、歴史的な転換のタイミングとも言えるんかなと思うんスね。クインシーは、マイケルとライオネルに作詞。作曲を依頼する時に、ビートルズの「レットイットビー」や、サイモン&ガーファンクルの「明日に掛ける橋」のよーな、でっかい歴史的アンセムを作ってくれって言ってるんやけど、そこには、クインシーと、まだ若いマイケルとライオネルの、黒人の手で、人種を超えた歴史的アンセムを作ったろーという気概があったよーな気がするし、結果、この「We Are the World」は歴史的大ヒットを記録して、MTVに乗って全世界に、この構図が伝わった結果、この後のブラックミュージックからラップの隆盛にツナがって、白人層リスナーの意識が変わり始めた瞬間やったよーに思うねんな。


今回、この文章を書く前に読んだ、「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」ってゆー、ノーナリーヴスの西寺豪太氏が書いた新書があって、ここまで書いた文も参考にさせてもらってるんやけど。この本、非常に興味深くて、この後、レコーディングの時に起こったいろんな事実と、考察が沢山。この本や、上の貼り付けたメイキング映像にも出てくるけど、人のメロディーで歌うのが苦手で超ナーヴァスになってるボブ・ディランに、スティーヴィー・ワンダーがディランのモノマネをしながら、歌唱アドバイスをしてるとか、シンディ・ローパーが、身につけてるアクセサリーがジャラジャラして、怒られてるトコとか。結局、このレコーディングに参加しなかった、プリンスを巡る駆け引きとか。

レコーディングでは様々な問題や、印象的な出来事が起こったんやけど、今なら各自ブースに入ってMixしたり、後でノイズを消せばいい話。この当時ならではの、録音風景が見られてオモロいっス。ティナ・ターナーとか、腹減りすぎてフィッシュバーガー食いたい!ってカメラの前で言ってもーてるし。これ、アフリカの飢饉の為のチャリティやねんから、そんなん言ってるとこ映像に残したら、今の世の中やったら叩かれるで。笑

そしてこの本の中で、西寺豪太氏は興味深い考察をしてて。このプロジェクトに参加したアーティストのセールスは、これ以降軒並み落ちていて、これに参加しなかった、ジャネット・ジャクソンや、プリンス、マドンナなどのセールスは伸び、スターへの階段を駆け上るコトになる。もちろんデビュー時期の関係もあるし、様々な理由で参加をしなかったアーティストも多いけど、この曲に参加して、その姿がMTVによって全世界に広まった結果、世界的ロールモデル(考え方や行動の規範になる人物)のイメージがついてもーた可能性もあって、それがアーティストとしての革新性を奪ったって考察にも、一理あるんかなと、個人的にも思うな。他にも、興味深い事実や、考察が沢山書いてあるので、興味を持った方は是非。(ウチの店にも置いときますね)

そして、この曲以降、このレベルの世界的なヒット曲は減っていき、音楽の聴き方もより個人で細分化され、各種SNSの存在によって露出が増えた結果、アーティストの賞味期限もどんどん短くなった。そしてブラックミュージックとそのカルチャーが、エンターテインメントを席巻する。そんな、いろんな時代の転換点に生まれたこのプロジェクトと、この楽曲。今見ると、非常に興味深いワケです。

今回はこのあたりで。それでは、また来月。

余談

ついでに、この25年後。ハイチの災害を救うために行われた「We Are The World 25 For Haiti」の映像も貼り付けときます。今の姿を知る、子供の頃のジャスティン・ビーバーは可愛すぎるし、ゴリゴリのオートチューンの声になってるT-PAINもなんのこっちゃわからんし、ラストのLL・クール・J率いるRapパートの面々は悪すぎるし、ライオネル・リッチーが、シンディローパーのパートを歌う、セリーヌ・ディオンに歌唱指導するシーンは、そんなんせんでもセリーヌ歌えるやろ!ともツッコミたくなるし、といろんな意味で胸アツ。

こんなコト書くと、馬鹿にしとんのか!不謹慎な!って思う人もいるんやろーけど、「We Are the World」のシリーズの曲をダウンロードしたり、購入したりすると、今でも全額収益金はすべてWe Are The World基金に寄付されて、活動に使ってるってコトも追記しときます。そして、このプロジェクトに参加した面々も、このプロジェクトを今でも続けてるコトにリスペクトしてるんスよ。ほな。

ホイミカレーとアイカナバル / 店主ふぁにあ
〒543-0031 大阪府大阪市天王寺区石ケ辻町3−13
ホイミカレー:毎週火木金12:00-売り切れ次第終了 アイカナバル:月—土18:00-23:00