第57回 フランク・ザッパ バリー・マイルズ(著) 須川宗純(翻訳)
- 2022.09.03
- COLUMN FROM VISITOR
京都に住んでいるのだから、京都の田舎の古民家でも買って、コミューンでもやりたいなと思う久保憲司です。
僕がこの世界に入った頃はまだ京都にもコミューンとかあって、京大西部講堂周辺でブイブイ言わせていたダスターのコミューンとかがありました。火事で燃えてしまいましたけど。あのコミューンなんて名前だったか、全然思い出せないです。
あの頃の僕はパンクで、ファック・コミューンみたいな感じでした。コミューンよりパームスとかクラブ・モダーンなディスコの方がかっこいいと思ってました。僕の一番のお気に入りはジンバブエでした(大阪発音なんか僕発音なんか知らないですけど、ジンバべェって僕は言ってました。)ディスコには歩いて行ってました。僕の実家は千林という所で、ジンバべェのあった梅田まで1時間ちょっとで歩いていけたのです。心斎橋にあったパームスだと、ジンバべェよりまだあと1時間以上歩かないといけなかったので、ジンバべェで、ファンカポリタンなんかに合わせてクネクネ踊っていました。お金はどうしていたかというと、梅田に行く途中、自動販売機の釣り銭口や下をあさってたら、お金が落ちてたりするんです。2500円くらいはすぐに集まっていたような気がします。調子がいい時は7000円くらい集まったりして、サウナ入って、タクシーで帰ったりもしてました。あの頃はそれだけで王様やなと思ってました。
10年前くらいかな、今もそんなにお金拾えるのかなと思ってやってみたら、全然お金落ちてなくってびっくりしました。デフレってやですね。みんなセコくなりすぎでしょう。ジジイとババアは花咲か爺さんみたいに金をばら撒いたらいいのに、今はクソジジイとかばっかですね。
なんの話をしてるんでしょう。今回紹介したいのはバリー・マイルズによるザッパ本、『フランク・ザッパ』です。ザッパのことを思うと昔のことを思い出してしまうのです。この頃よく言われていたのが京大西部講堂のライブでザッパがウンコして食ったという奴です。ザッパがなんでウンコ食わなあかんねんと思ってたんですけど、僕が子供の頃はコミューンの人や、ロック喫茶に行くと、黒いサングラスをした兄ちゃんがザッパは「ウンコを食った」とよく言っていたのです。
俺は賢かったので、こいつらみんなバカやなと思ってました。
日本のロック界隈だけで、なんであんなバカな噂話が出てるんだろと、思ってたんですけど、この伝記読んで気づきました。あーあのザッパのトイレに入っている有名なあのポスターから来てるんだと気づきました。

自動販売機の下のお金を集めながら、ディスコに行っていたすぐ後に僕はロンドンに住むんですけど、その頃のロンドンのヒッピー臭い店にはとにかくこのザッパの有名なポスターがいたる所に貼ってありました。まだ友達の所に行ってもこのポスター貼っている奴がいたりしました。
トイレに座ってウンコしてるふりのポスターがロックの反抗の象徴だったんですね。笑ってしまうでしょ。
そんな格好をするロック・アーティストは他にいなかったから、ザッパはそうやって、アンダーグランドの象徴として祭りあげられたのです。自分からそうしたんでけどね。これ使おうって決めたのザッパですから、まっ天才ですよね。世の中の空気をよく分かっていた。
本人はそんな人じゃなかったんですけど、でも、グルーピー集団を持ち上げたり、一番最初のコミューンみたいなものを作り上げた人だったと思います。ザ・バンドのコミューンとは違った、ヒッピーチックなコミューンを作り上げたのだと思います。今ちょっと話題のローレル・キャニオンに一番最初に移りすんだミュージシャンでした。そのコミューンに憧れて、ミック・ジャガーとか、ピート・タウンゼントも来てました。スマッシュ・ロンドンのジェイソンのお父さん、ジョン・メイオールなんかはその快適な生活を「2401」という歌にしてます。
“2401にはヒーローが住んでいるんだ
彼の家族は太陽の下のサーカスのよう
ヒーローが楽しんでいる間
お母さん(ゲイルね)は働いている
彼らはシステムを変えようとしている
やらなければならないことがたくさんある
ムーンはどこにいる?
GTO(グルーピー集団ね)に電話したほうがいい
赤い部屋では
パムがどこに行こうかと悩み中
ゲイルとポーリンは
誰かが家の前をうろついていると心配してる
気が狂ったレイヴン
銃を返してもらったかな?
違う、2401だ!そこが僕がいれる場所
鉄道沿いの、カンサスはどんどん近くになっている
クリスティーンは料理をして
めっちゃゲイみたい
ありがとうって、どうやって言う?
どうすればここから離れられる”
ジョン・メイオールはこのコミューンに感動したのか、のちにロスにセックス教団みたいなものを作ります、すごい時代だったなと。
ジョン・メイオールの所にいたピーター・グリーンはツアー中にドイツの変なコミューンと仲良くなって、そこで変な薬をやるようになって、頭がおかしくなりました。
なんか不思議な時代だったですね。
ザッパによると、ジョン・メイオールの所にいたエリック・クラプトンはザッパのコミューンには全く興味を示さなかったみたいですね。ザ・バンドの練習場みたいな所かと思っていたっら、「あれ、ここちゃうぞ」と思ったんでしょうね。二大天才ギターリストの将来を象徴するような出来事だなと思います。
ピーター・グリーンの名演といえばフリードウッド・マックの「アルバトロス」という曲があるんですが、後のポスト・パンクというか、ケルトの血が見事にアメリカの音楽と融合しているような曲です。パブリック・イメージ・リミテッドにも「アルバトロス」という曲があるんですけど、ピーター・グリーンへのリスペクトでしょう。ピーター・グリーン、イエスのスティーヴ・ハウという流れは誰も何も言わないですけど、カンタベリー派と同じくらい重要です。スティーヴ・ハウのギター・テクニシャンというかボウヤをやっていたのが、クラッシュ、パブリック・イメージ・リミテッドのキース・レヴィンで、こんな話誰も知らないのが不思議です。
ザッパはこれと同じような音楽をヨーロッパのクラシック・ミュージックを使ってやりたかったんでしょうね。
ザッパがやりたかったことが57歳くらいになって、何となく分かってきた今日この頃です。もちろんザッパがやりたかったことはアメリカの欺瞞をあばきたかったんだよなと思います。
今はネトウヨみたいなのが半分をしめるアメリカでこんなことが出来るのか、どうなのか、すごく気になります。ザッパが生きていたら、どう思うんでしょうね。今の世の中を。