第58回 第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367) 新書 エマニュエル・ドット(著)大野舞(翻訳)

第三次世界大戦はもう始まっている (文春新書 1367) 新書
Amazonで商品を見る

ロシアのウクライナへの侵略は、半年後、ロシア経済が崩壊して、ソ連邦崩壊のようになると予想していた久保憲司です。

予想を外しました。そして、今もヨーロッパで戦争が続いています。

東ヨーロッパには冬将軍が来るので、春が来るまでこのまま膠着状態が続くのでしょう。

長い、長い冬になります。

“ことしの冬はとても寒くて長いから

おばあさんが編んでくれたセーターを着なくちゃ”

ブランキー・ジェット・シティの名曲「冬のセーター」の通りです。

“核爆弾を搭載したB29が北極の近くで行方不明になった”とベンジーが歌ったのは1992年、ソ連崩壊直後のこと何も変わっちゃいないのです。

あの頃は誰もが、これからは自由主義、資本主義の勝利した世の中になると思ったのに、そうならなかった。

ソ連が困っていた時、日本は北方領土2島を買い戻し、ソ連をもっと経済的に助けるべきだったのでしょう。でもあの頃は誰もがソビエトという国がロシアになろうと苦労している時、ロシアを助けるよりも、ロシアという国が完全に消滅した方がいいと思っていた。

世界中がホモフォビア(同性愛差別)のように、ロシアフォビアだったわけです。

人は簡単に差別してしまう。

僕も『スナッチ』や『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』で描かれるソ連崩壊後のロシア人ギャグを笑いまくっていた。今のイギリス人がロシア人を笑いまくるのはオリガルヒと呼ばれるソ連崩壊で利権を得たロシアの成金によって、ロンドン中のいい土地を買いまくられた姿を見ているからそれはよく分かるけど。

誰もロシアフォビアだと思ってなかった。一人の人間、エマニュエル・トッドを除いて、この本はエマニュエル・トッドのウクライナとロシアの戦争の鋭い考察です。

さすが、世界でただ一人、ソ連邦の崩壊を予想した学者だけのことはあります。

彼がどうやってソ連の崩壊を予想したかというと、彼の研究分野である人口統計学です。彼はソビエトの新生児の死亡率が異常に上がっていることから、当時鉄のカーテンの向こう側で、情報を遮断されていたソビエトがどういう状態なのかを予想し、ソ連邦が崩壊すると予想しました。

今回彼が追求しているのは、ロシアの状態は実は悪くなく、今悪い状態はアメリカだと予想しているのです。今アメリカで何が起こっているかというと、白人中年層の平均寿命が短くなってきていることだと指摘しています。

これは実はクリントンの時代から言われていて、クリントンが大統領の頃、アメリカの小学校に講演にいって、そこで「君たちの世代は、親の世代より長生き出来ない世代になるかもしれません」と語っているのです。ファースト・フードなどを食べずに健康な食品を食べましょうというキャンペーンの一貫だったのですけど、なかなか衝撃の発言でしょう。

アメリカの「君たちの世代は親の世代より貧しくなる初めての世代だ」というのはもう定着していますけど、まさか命まで短くなっていたとは。長生き大国日本から見ると衝撃ですよね。僕が子供の頃、60年代、70年代のアメリカといえば、僕らの憧れだったのに、そんな国になってしまったのです。日本も毎年平均寿命が伸びているのも実は寝たきりにしたりして、延命処置をしているだけだからかもしれないのですが。

エマニュエル・トッドといえば世界を8種類の家族構成で分類した画期的な研究で有名です。ここでは細かく書きませんが、興味がある方はウイキペディアで調べてください。いや彼の本『世界の多様性』を読んでください。ウイキペディアでもちゃんとまとまっています。ほんと世の中って便利ですね。優秀な学生の大学の講義のノートをただで読めるのですから。

どういう8種類かといいますと、

1.絶対核家族
子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、 兄弟の平等に無関心である。遺産は遺言に従って分配される。イングランド、オランダ、デンマーク、ノルウェー、イングランド系のアメリカ合衆国、カナダ(フランス系が多いケベック州は除く)、オーストラリア、ニュージーランドなど。基本的価値は自由である。世界の他の地域に比べ、女性の地位は高い。これは、核家族が本質的に夫婦を中心にするため、夫と妻が対等になるからである。一方、基本的価値が自由であることから、子供の教育には熱心ではない。個人主義、自由経済を好む。移動性が高い。

2.平等主義核家族
子供は成人すると独立する。親子は独立的であり、兄弟は平等である。遺産は兄弟で均等に分配される。パリを中心とするフランス北部、スペイン中南部、ポルトガル北東部、ギリシャ、イタリア南部、ポーランド、ルーマニア、ラテンアメリカ、エチオピアに見られる。基本的価値は自由と平等である。女性の地位は、娘が遺産分割に加わる社会(フランス北部)では高いが、そうでない地域ではやや低い。絶対核家族と同様、個人主義であり、子供の教育には熱心ではない。核家族を絶対核家族と平等主義核家族に分け、平等への態度が全く異なることを示したのはトッドが最初である。

3.直系家族
子供のうち一人(一般に長男)は親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟は不平等である。ドイツ、スウェーデン、オーストリア、スイス、ルクセンブルク、ベルギー、フランス南部 (地中海沿岸を除く)、スコットランド、ウェールズ南部、アイルランド、ノルウェー北西部、スペイン北部(バスク)、ポルトガル北西部、日本、朝鮮半島、台湾、ユダヤ人社会、ロマ、カナダのケベック州に見られる。イタリア北部にも弱く分布し、また華南に痕跡的影響がある。多くはいとこ婚を禁じるが、日本とユダヤではいとこ婚が許され、ロマにおいては優先される。基本的価値は権威と不平等である。子供の教育に熱心である。女性の地位は比較的高い。秩序と安定を好み、政権交代が少ない。自民族中心主義が見られる。

4.外婚制共同体家族
息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である。いとこ婚は禁止されるか少ない。ロシア、フィンランド、旧ユーゴスラビア、ブルガリア、ハンガリー、モンゴル、中国、インド北部、ベトナム、キューバ、フランスのリムーザン地域圏およびラングドック=ルシヨン地域圏とコートダジュール、イタリア中部(トスカーナ州やラツィオ州など)に見られる。基本的価値は権威と平等である。これから、共産主義との親和性が高い。トッドがそもそも家族型と社会体制の関係に思い至ったのは、外婚制共同体家族と共産主義勢力の分布がほぼ一致する事実からである。子供の教育には熱心ではない。女性の地位は一般に低いが、ロシアは共同体家族の歴史が浅く例外的に高い。

5.内婚制共同体家族
息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親の権威は形式的であり、兄弟は平等である。父方平行いとこ(兄と弟の子供同士)の結婚が優先される。権威よりも慣習が優先する。トルコなどの西アジア、中央アジア、北アフリカ、フランス領コルシカ島に見られる。イスラム教との親和性が高い。子供の教育には熱心ではない。女性の地位は低い。

6.非対称共同体家族
母系のいとこの結婚が優先される。親は子に対し権威的であり、兄弟姉妹は兄と妹、または姉と弟は連帯するが同性では連帯しない。インド南部に見られる。子供の教育に熱心である。女性の地位は高い。カースト制度において自らを下位に位置づける。

7.アノミー的家族
基本的に核家族に近いが、はっきりした家族の規則は見出しにくい。東南アジア (ベトナムを除く)、太平洋、マダガスカル、アメリカ先住民に見られる。社会の結束が弱い。宗教に寛容であり、上座部仏教を中心としてイスラム教やカトリックも存在する。

8.アフリカ・システム
一夫多妻が普通に見られる。この一夫多妻は母子家庭の集まりに近く、父親の下に統合されるものではない。女性の地位は不定だが、必ずしも低くはない。離婚率が高い。それ以外は多様であり、民族により共同体家族的でも直系家族的でもあり得る。北アフリカとエチオピアを除くアフリカに見られる。

みなさん、どうです。思い当たり節がありますか? でも、これで共産主義体制がなぜマルクスが予想した資本主義先進国ではなく、ロシアや中国で実現したのか、なぜドイツと日本の社会制度が似ているのか説明がつきます。

今回僕が紹介しているエマニュエル・トッドの本は、彼の学術書より簡単なので、新しい知の冒険として読むことをお勧めします。