カレー屋店主の辛い呟き Vol.58 「おっさん泣く」

夏も、そろそろおしまい。Tシャツと短パンとビーサンの僕の姿も、街で浮きまくってきた今日この頃。皆様、いかがお過ごしですか? 上本町のカレー屋兼飲み屋店主の「ふぁーにあ」と申します。今月もこのコラムを読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、夏の終わりに出会った、映画と漫画の2つの作品のお話。どちらの作品も、今のところ個人的には、映画でも、漫画でも年間ベスト。こんな刺激的な出会いがあるから、映画も、漫画も、いくつになっても見続けてしまうんスねぇ。

■映画「さかなのこ」観て、涙が止まらん

さかなクンの自叙伝をベースに、「のん」演じるお魚好きの「ミー坊」が、お魚博士になる夢に向かって「好きを貫く」姿を描いたこの映画。さかなクンの人生を「のん」ちゃんが演じるって、一歩間違えば、「色モン」になりそーな予感もした鑑賞前。映画が始まって、すぐ自然にうっすら目に涙が浮かぶ。涙が出るシーンでもないねんけどね。んで、ラストまで、終始笑える演出が続くんやけど、ずーっと、うっすら涙が。あー、なんかわからんけど異様な多幸感。自分でも、何が刺さったのかよくわかんなくて。翌週、答え探しに、もう一度観ちゃいました。

そもそも、この映画を撮った、沖田修一監督の作品は大好きで、「南極料理人」「横道世之介」「モヒカン故郷に帰る」「モリのいる場所」etcと、好きな作品を挙げるとキリがない。(まぁだから、観に行ったんやけど…)彼の作品は、同じよーな空気感を持ってて。少し変わった主人公と、その主人公の空気感に包まれる、オフビートなゆるさ。そして、その世界観を成り立たせる、長回しと、映画的なお約束の無さ(少々噛んでも、そのまま使うリアリティや、シーンの説明をすっ飛ばす余白感とか)。ファンタジーなんやけど、その世界の中にはリアルがあって。こんな世界線もあるんかなぁと、いつも思わせてくれる監督さん。

後で、クレジットを確認して分かったコトやけど、この映画の脚本は、沖田監督と前田司郎氏の共同脚本。僕がオールタイム日本映画の中でも、ベスト5に入れたくなるほど好きな「横道世之介」のコンビ。なんで「世之助」が好きな人は、マストな作品。逆に「さかなのこ」観て良かった人は、「横道世之助」は、マストで観てほしいなぁ。

この映画の最大の魅力は、全編通して主人公みー坊の「好きを貫く」キラキラと、強さ。そして、それを演じる、芸能界屈指のキラキラ目を持つ「のん」。この作品では、長い髪のまま男の子役を演じた彼女。どー考えても彼女以外に、この役は出来ないって思うとゆーか、「のん」ありきの、彼女と「みー坊」が同化して生まれたファンタジー。あまちゃんの頃の煌めきが、スクリーンから伝わって(オマージも!)この方、ホント唯一無二だわと。そして、その主人公「みー坊」を、優しく見守る、個性的な登場人物達が、沖田流のオフビートな世界の中で、イキイキと「やさしい世界」(陳腐やなぁこの言葉…)を形作ってる。ポカポカするなー、この世界。

少し、ネタバレ要素もある事を書くと。この話のモデルになった、「さかなクン」も、さかな好きの変わり者「ギョギョおじさん」として、映画の中に登場するんやけど。彼の演じたさかなクンそのままの「ギョギョおじさん」は、子供の頃「みー坊」と出会い、あるエピソードを経て警察に。そして、物語の中からは去ってまう。「みー坊」のお魚好きを加速させる、彼の存在と、その退場エピソードは「好きを貫いた」結果、世の中から浮き上がってしまう、現実世界のよくある世界線。「みー坊」も、一歩間違えりゃこーなってたってコトとの対比やし、「ぎょぎょおじさん」が物語から退場して、「みー坊」が、ハコふぐ帽を継承する。それは、ワンピースにおける、シャンクスとルフィのエピソードやし、「パラレルワールド」感を、演出しててオモロいなーと。 

他にも「好きを貫く」みー坊に寄り添い応援する、井川遥演じる「全肯定母」の、応援した故の人生の変化やったり。奇妙な同居生活を送ることとなる、夏帆演じる「幼馴染モモ」との、別れのエピソードやったり。前述の「ギョギョおじさん」のエピソードを含めて、みー坊の「好きを貫く」に引き寄せられた結果の、悲劇的エピソードも描かれる。それは、オフビートなゆるーい世界の中に、散りばめられた棘で。説明セリフも、演出も少なめな、隙間の多い沖田演出では、その棘の解釈は観客に委ねられるんスね。

僕が沖田監督の作品でいつも感じる、観客をアホとして見ないってか。解釈を観客に委ねる「誠実さ」は、この「さかなのこ」でも健在で、その隙間の生むグルーヴ感とともに、僕が彼の作品を大好きな理由。

そして、なんでこの映画が、ここまで僕に刺さったのか。考えてみると簡単で。それは、「好きを貫くモンスター」の「みー坊」が、国民誰もが知る「さかなクン」がとして実在してるってコト。彼の自叙伝をモチーフにしてるから、当たり前なんやけど。「ぎょぎょ!」って言ってる人、ホンマにおるからなぁ 笑 「さかなクン」=「みー坊」では、もちろん無いねんけど。それがこの作品に、絶対的な説得力を与えてると思うんスね。てか、改めて「さかなクン」ってやべーっと。「ほんまに、こんな奇跡のよーな人生あるんやなぁ」って、感動や憧れでもあるし。「ここまで信じきれんかったなぁ」ってゆー、自分への後悔でもあるんやろね。

この「さかなのこ」は、「のん」にとっても、沖田監督にとっても新たな代表作になると思うし、これから何者かに、なろうとする人にとってのマイルストーン的存在になる、素敵な作品。まだ間に合う方は劇場へ急いでー。

■4コママンガの巨匠「いしいひさいち」のROCAで泣く

僕が初めて「いしいひさいち」に出会ったのは、田淵幸一氏を始め、現役のプロ野球選手をモデルにした3頭身キャラクター達が、ドタバタを繰り広げる「がんばれ!!タブチくん」のアニメだった気がする。時が経ち、社会人になり。よく行ってた純喫茶で、手に取った朝日新聞で出会った「ののちゃん」。小学3年生の「ののちゃん」や、やまだ家のドタバタが、4コマで描かれてて。そこには、権力者や、社会への風刺がサラリと入ってる、風刺4コマの最終到達地点。そーいや、純喫茶のママさんに、朝日新聞とか読むんやねー、偉いなぁと誤解されながら、「ののちゃん」を見るだけの為新聞を手に取ってた時代もあったなぁ…

そんなスゲー作品達を、産み続けてる4コマの巨匠「いしいひさいち」が、今年自費出版の形で発表したのが、『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』。元々、新聞連載中の「ののちゃん」内に挿し込まれるような形で連載されてたモノで。今回の単行本前文に、『これは、ポルトガルの国民歌謡『ファド』の歌手をめざす、どうでもよい女の子が、どうでもよかざる能力を見い出されて花開く、というだけの都合のよいお話です。』と、いしいひさいち本人が書いてるよーに、歌手になるコトを目指して、主人公の時間が進んでくストーリー。これは、主人公が歳をとらない、サザエさん的な「ののちゃん」とは、時間の軸が異なる話で、その異色さに朝日新聞の読者さんの中では、大変に評判が悪かったらしく「吉川ロカ」の物語は、2012年に終了。そして、10年の年月を経て、その後も、HPなどで描かれたてた主人公の「吉川ロカ」のエピソードのみを集めた、単行本の発売を開始したんスね。

歌の上手い「吉川ロカ」という女子高生が、歌手とゆー目標に向けてチャレンジしていく姿と、もう1人の重要な登場人物である「柴島美乃」との友情、そして日常が描かれている、一見どこにでもあるベタな話なんやけど、重要なのはその作者が「いしいひさいち」って事。笑い満載のギャグで包まれた、いしいひさいち流の4コマのフリ、オチを繰り返しながら、ストーリーは進んでいく。なんてーか、ギャグ満載のストーリーじゃなくて、ギャグの向こう側でストーリーが進んでいくって感じってゆーのかなぁ(分かりづらい…)。ギャグ4コマが連続してて、細かい説明や、主人公の細かい心の描写がないからこそ、より物語を感じられる、作りになってるのよ。一冊通してみると、上質な映画のよーな読後感で、こんな漫画あんまりみた事ねーのな。笑いたっぷりの、かわいい4コマに油断して、終盤の展開に涙したし。

あと、今まで彼の描くかわいいキャラクターに目を取られて、気が付かなかったけど。今回の作品では、「いしいひさいち」先生の構図、絵の上手さに驚嘆するコトも多々。漫画家のとりみきさんも言ってたけど、主人公のロカちゃんの絵が美しすぎで、まさか、「いしい作品の主人公に、恋をすることになるとは」って話、ほんとそのとーりかと。とにかく読んでみてとしか、言いようがないっス。いしい先生のHP(https://www.ishii-shoten.com/)でしか買えない自費出版のこの作品。ウチの店には置いてあるけど、ぜひ買ってみてくださいな。

さてさて。映画「さかなのこ」と漫画「ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ」とゆー2作品を紹介した今回。2作品とも、何者でもない主人公が、何かになってく過程を描いたもの。なんか、おっさんの心を揺さぶってこられて泣けた。キラキラしたその過程が眩しすぎるのか、はたまた泣けるだけピュアな部分が残ってるのか。自分の感情もよーわからんけど。なんしか、オススメの2作品。是非ともご覧くださいな。では今回はこのあたりで。

ホイミカレーとアイカナバル / 店主ふぁにあ
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