第62回 服従 ミッシェル・ウエルベック(著)佐藤優(その他)大塚桃(翻訳)
- 2023.02.05
- KYOTO
これからの世の中がどうなるのかなと思って小説を読み出している久保憲司です。
というわけで、今更ながら2015年フランスで60万部の大ベストセラーとなったミッシェル・ウエルベックの『服従』を読みました。
フランスがイスラム教系政党に支配されるお話です。いろんな人の書評を読んでいると、マリーヌ・ル・ペン率いる国民戦線とイスラム教穏健派政党が均衡するようになって、排外主義な国民戦線が政権をとるよりもイスラム教穏健派が政権をとる方がましと左の票がイスラム教穏健派に流れて、フランスにイスラム教の政権が誕生するということなのですが、本を読むと、なぜイスラム教に流れるかというと、大学がサウジアラムのお金を欲しがり、インテリたちは一夫多妻に誘惑されて、そちらに流れるというコメディのようなお話です。
主人公は大学の先生で、もう何の興味もない人です。現在の西洋文化に疲れています。彼が興味を持つのは、研究している19世紀の作家ジョリス=カルル・ユイスマンスと食事だけです。
ジョリス=カルル・ユイスマンスって、「誰やねん」って調べたら、オスカー・ワイルドと共にデカダン派を代表とする作家だそうで、知らなかった。フランス文学もっと勉強します。
主人公は書かれていませんが、たぶんアル中です。いつもワインを飲む時は2本空けています。日本でワインが流行った時、日本のワイン好きが毎晩ワインを2本ほど空けていたの、びっくりしました。「お前ら体壊すぞ」って思っていました。
大学の先生をやっている一番の理由は、女学生と関係を持てるからです。自分の特権を使って女学生を食いまくっているというわけではなく、結婚という制度が彼には合わず、それで、週に一回くらいのセックスを消化するために、女学生と付き合うわけです。彼はセックスに夢も希望も持てず、食事みたいに必要なものとして消化していくのです。
イスラム政権が誕生して、そういう政権化での大学は嫌だなということで、大学を辞めるのですが、女学生との消化が出来なくなった彼がどうするかというと、ウーバー・イーツを頼むようにエスコート・サービスを使います。
この辺の感覚はスティーブン・ソダーバーグの2009年の映画『ガールフレンド・エクスペリエンス』に似ています。世界がリーマン・ショックで落ち込む中、ネットで自由に性を売れるようになった女性が淡々とエスコート・サーヴィスをしていくお話です。今の日本もツイッターなんかで、風俗の女性が『ガールフレンド・エクスペリエンス』のようにお店以上に、自分の宣伝もしていて、すごい時代になっているなと思うのですが、『服従』でもその感じが描かれています。
『服従』自体はすごくイスラムフォビアな小説かと思います。作者がどういう意図でこの小説を書いたのか分かりませんが、インテリの酒の席での冗談を書いたような本のようです。作者自身シャルリー・エブド襲撃事件で友人を殺され、警察の保護化に入り、「我々には火に油を注ぐ権利がある」と答えました。
あかん人や、と思います。現状を産んだのは自分達だという謙虚な気持ちがないと。
エマニュエル・トッドの『シャルリとは誰か?』を読んだ方がいい。シャルリー・エブド襲撃事件自体ではなく、事件後に行われた大規模なデモについての本です。「表現の自由」を掲げた「私はシャルリ」デモが、自己欺瞞的で無意識に排外主義的であることを統計や地図を駆使しています。
『服従』もまた僕は自己欺瞞的で無意識に排外主義的だと思います。欧州が内側から崩壊しつつあるのを、自分らのせいとは認識せず、他人のせいだと、笑っているのです。
僕がこの本を読もうと思ったのは2022年のフランス映画『アテナ』を見て、1999年の『憎しみ』よりフランスの移民の人たちの怒りがとんでもないことになっていると思ったからです。
アメリカのトランプ問題より深刻だと思ったのです。 日本、欧米がこれからどうなるのか全く分かりません。イエス・キリストは左の頬をぶたれたら、右の頬をさしだせと言いました。左の頬をぶたれたから、卑屈になって笑っていたわけではありません。右の頬を差し出せということは、色々な解釈がありますが、僕は他人の気持ちをもっと分かりなさいと解釈しています。キリストの一番の教えって、他人のために生きる、犠牲になるということですから、この解釈が一番あっていると思うのです。これしか未来はないと僕は思っています。