カレー屋店主の辛い呟き Vol.69 「Undercurrent」

皆様こんにちは! 大阪・上本町のカレー屋兼飲み屋店主の「ふぁーにあ」と申します。今月もこのコラムを読んでいただき感謝です。

「映画の秋」なんて言葉があるかどーかは知らないスけど、原作を読んでいたりする作品が、映画化され公開が相続いだこともあって、劇場に足を運ぶタイミングが多かった10月。何かと忙しさにかまけ、家でNetflixやAmazon primeで見たらえーかと思いがちな日常。久しぶりに、週1回ペースで映画館に通って、携帯を切り、映像に没頭する生活の何と豊かなことか。ある先輩が昔言った「週2、3時間。時間を調整して、映画館に通えない人生なんてクソ」という言葉、意外と大事だったりします。

今月見た作品は何本かあって、「キリエのうた」は、良くも悪くも岩井俊二監督の映画って感じやけど、主演のアイナ・ジ・エンドが素晴らしくて、その圧倒的な歌の力を劇場で、観ると同時に聴きに行って欲しい作品やし、「白鍵と黒鍵の間に」は、ジャズミュージシャン・南博の回想録を元にした(この本めちゃめちゃオモロいっス)映画で、脚本はさておき、役者陣の奮闘とライブシーンだけでも観る価値はあった。「イコライザー THE FINAL」のデンゼル・ワシントンは、相変わらず哲学的で、名言を吐きながら暴れ回ってたし、「アントニオ猪木をさがして」も観たけど、まぁコレはいいか。笑

そんな中で、今回紹介したいのが「アンダーカレント」って作品。大好きな豊田徹也のコミックを原作に、これまた大好きな「愛がなんだ」「街の上で」の今泉力哉監督が、実写化したこの作品。多くを語りたい作品ではあるけど、何か語ると僕の稚拙な語彙力では、語り尽くせない魅力があるわけで。何しか、一度触れてみてほしい作品なんだよな。

映画「アンダーカレント」予告編

この映画のストーリーは、『かなえは家業の銭湯を継ぎ、夫・悟とともに幸せな日々を送っていた。ところがある日、悟が突然失踪してしまう。かなえは途方に暮れながらも、一時休業していた銭湯の営業をどうにか再開させる。数日後、堀と名乗る謎の男が銭湯組合の紹介を通じて現れ、ある手違いから住み込みで働くことに。かなえは友人に紹介された胡散臭い探偵・山崎とともに悟の行方を捜しながら、堀との奇妙な共同生活の中で穏やかな日常を取り戻していくが……。』というもの。

原作があまりにも完成度が高いので、実写映画化にあたっては、ディテールの細部に至るとこまで忠実に再現。でも、ラストシーンだけは今泉監督の味付けが入ってる。昔、女優の夏帆さんが何かのインタビューで言ってたけど、原作を読み映画化されるなら、どうしても出たいと熱望していたよーに。そして、同作の主演を務めた真木よう子からは「しばしば役に入り込むあまり、撮影期間中はかなり辛かった事を覚えています。ショックのあまり気を失った初めての作品です」とコメントが寄せられたよーに。相当な気合を持って臨んだ、芸達者のキャスト達がハマってて、原作の大ファンの僕からみても、その世界観は見事に再現され、映像に昇華してるんスわ。探偵役のリリーフランキーも、良かったなぁ。

映画『街の上で』予告編

映画『愛がなんだ』本予告

今回監督をした今泉力哉の作品は、全作観てる単なるファンである私。彼の映画は、人生変わるほどの衝撃を受ける作品ではないけど、繰り返し観てしまう魅力があるんスね。オフビートな会話劇と、日常観。虚構の世界である映画に、彼のエッセンスをふりかけると、現実でもなくて、彼なりの破綻のない小世界が生まれるよーな気がしてます。

今回の作品は、「最初に話がきた時に、好きな漫画だったので絶対に実写化はして欲しくないけど、他の女優には、絶対に演じてほしくない。」と、真木よう子がインタビューで語ってたように、知る人ぞ知る、一本の映画を観ているような、ファンにとっては、ある意味聖域な名作の映画化ってことで、ある種受けた段階で、監督の覚悟を感じるし、今泉力哉流の動きや間、生身の人間が演じるが故のメリットを加えたことで、単なる漫画原作の映画化にとどまらない、新たな魅力を加えた作品になっています。 「人を知ること、自分を知ることって何?」って言う、テーマが全編に描かれてる今作。Undercurrent=底流。深く深く心の中に潜るよな作品やし、なんか哲学を観てるような、でも日常感のある不思議な作品に仕上がってました。

この映画の原作となる漫画の作家は、豊田徹也氏。この「アンダーカレント」は今から20年ほど前に、ヴィレッジヴァンガードのPOPで「絶対読むべき」とあったので買ってみた作品。これがこの作家さんとの出会いで、そのPOPを書いた担当者には、感謝しかないんスね。

というのも、この作家さん恐ろしく寡作な人で、知ってる限りこの20年、上の写真に載っけた作品以外にリリースはなくて、この時、手にとって無かったら、出会っていなかった作品かもしれなかったから。この「アンダーカレント」は、全編に人生の不条理と喪失感を漂わせながら、淡々と上質な映画のよーなテンポで描かれてる作品で、当時衝撃を受けたのを思い出します。

買い取ってもらう目的で描き上げた『ゴーグル』で、アフタヌーン四季賞夏のコンテストの四季大賞を受賞しデビューした彼と同作品は、彼も敬愛する審査員の谷口ジローから「ほとんど完璧な作品だ。読んでいてドキドキした。周囲に漫画関係者や漫画家がいない状況で、独学でここまで表現力を高めた作者には敬意を表する。今回は全体的にレベルが高かったが、読み終わったとき、大賞はこの作品だと確信した。」と絶賛を受け、その後、2004年10月より一年間にわたり作品『アンダーカレント』を『月刊アフタヌーン』にて連載。またフランスでもJapan Expoにおいて第3回ACBDアジア賞を受賞するなど、人気が高くて、フランス語訳されたものが発売されているらしい。

そんな幻の作家の、幻の作品ともいうべき20年近く前の作品が、今頃映画化されたことにも驚くし、原作を、興味のある方は読んでほしいなと思うわけ。

Undercurrent/Bill Evans,Jim Hall/’62

ジャズ好きや、ミュージックラバーズな人達は、もうお気づきかと思うけど。この「アンダーカレント」の原作や、映画のヴィジュアルやタイトルの元になってるのは、ビル・エバンスとジムホールの1962年に発表された歴史的名盤「Undercurrent」。なぜ原作者である豊田徹也が、この作品をオマージュしたのかわかんないけど、この作品から影響を受けていることは確か。こんなに有名な作品のジャケットを、構図もそのままに使って、タイトルも同じ。当然かもしれないけど、この「Undercurrent」を聴きながら、「アンダーカレント」を読むといいんだよ。まぁ知らんけど。

ちなみにこの「Undercurrent」は、僕が手に入れた初めてのジャズのアルバム。『息の合ったピアノとギターのスウィンギーな、そしてデリケートなインタープレイで酔わせてくれる夢幻的なまでに美しい名演で、本作の2人の絶妙な競演は、その後のジャズ界に「インタープレイ」という言葉を流行させたほど。』ってのはAmazonのレコード評やけど。

当時の僕は「インタープレイ???どーゆう意味?えっ即興なん」と驚いたなぁ。まぁジャズってそういうもん何やろけど。ジャズ入門盤としては、最適やと思うっス。そんでHIPHOPのトラックに、ビル・エバンスのループのサンプリングを見つけては、ニヤリとするよーになるんやけど、それはまた別の話。

Undercurrent (底流)/ 細野晴臣

そして、映画「アンダーカレント」の音楽を担当しているのが細野晴臣。全編を通じて劇伴しているその音は、アンビエントで水の中を漂うよう。映画全体に与える印象は大きくて、まじでヤバかったっス。

さて、今回は映画「アンダーカレント」の話から、付随する様々な話を書かせてもらいました。静謐な映画やし、派手さはないけど、興味がある人は、どのコンテンツでもいいから触れてください。ファン補正は入ってるけど、ほんまにマンガと映画の美しい出会いでした。

では今回はこのあたりで。

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