第79回 じゃじゃ馬娘、ジョニ・ミッチェル伝 デビッド・ヤフィ(著) 丸山京子(翻訳)

じゃじゃ馬娘、ジョニ・ミッチェル伝 デビッド・ヤフィ(著) 丸山京子(翻訳)
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ジョニ・ミッチェルの伝記本なめてかかっていました。「ジョニ・ミッチェルの伝記本か、読んどかなあかんよね」くらいで読み始めたら、涙がボロボロ止まらなかったです。

そして、そういうことだったのかと、彼女の曲を聞き直したら、涙が滝のように流れました。

ジョニ・ミッチェルの歴史とは、男社会の音楽業界、いや、この腐った男社会との闘いです。あれですよ、若い女性が言う「オッサンが隣に座ってきた、最悪」というあれです。

この「死んだらいい」と言うのが大問題になったのが、経済学者の成田悠輔教授です。正確には「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」です。多分彼の意味は“年寄りは静かにしていたらいい”ということなのですけど、世の中はそうとらなかったみたいですね。

邪魔者は消えろって捉えたのかな。高齢者を弱者と感じたのかな。成田さんも“老害化する前に”とエクスキューズしているのですけどね。

僕も電車に乗っていたりしたら、オッサンは消えろと思いますけどね。僕も消えなあかん一人なので、端のほうで小さくなって過ごしています。でも世のオッサンたちはなんか偉そうなんです。だから嫌われるのです。みんな世の中で小さくなって生きているのに。

 ジョニ・ミッチェルなんてまさにそんな男たちの犠牲になった人でしょう。始めのアルバム3枚がどうも中途半端に感じてしまうのは、男性プロデューサーのエゴです。彼女は天才なんだから、好き勝手やらしたらいいのに、「男の俺の方がちゃんと音楽を理解している」と彼女の言うことには耳を傾けず、なんか中途半端になってしまう。

 ジョニ・ミッチェルには、『ミンガス』という傑作アルバムがあるんですけど、彼女だけが、音を外していると気づいているのに、超一流ミュージシャンたちは、音楽学校も出ていない君に何が分かるのと取り合おうとしない。後日、音が外れていると指摘してたのは、このアルバムを作らせたチャーリー・ミンガスだけだったと。

たぶん、ジョニ・ミッチェルが学校を出てなかったとしても、彼女が男だったら、アルバムのリーダーである彼女の話を聞いたと思うんですけど。

これが男社会ですよ。男の方が優れていると思う、何の理由も、根拠もない、長いこと続いてきた歴史。こんなもの早く終わらした方がいいのです。

全ての政治家が男性と女性の比率が半々になるまで、男性の政治家の首は切っていったらいいのです。成田さん言う所の“集団自決”ですよ。引退しろってことです。戦後GHQが来て、年寄りの経営陣の首を全部切ったんですけど、そうしたら、いいのです。小池さんみたいなとんでもない女性政治家もいるので、無条件に女性がいいとはいい難いんですけど、世の中を見渡した時、男性と女性の数が半々の方が、いい世界だと僕は思うのです。

 この本を読んでいて、辛いのは彼女が男性の暴力の犠牲になっていることです。男は暴力を振るうからダメなんです。今はすぐ逮捕ですから、もうそういうことないと思いますが、ジョニ・ミッチェルの時代は彼女みたいな大スターでも平気で男性から何回も殴られていました。本当にどうかと思いますよ。

 そんな酷いDVの中でちょっとおもろかったのは、当時の彼氏とコケインが酷かった頃のマイルス・ディヴィスに会いにと会いに行った時のお話。なんと彼氏はジョニをマイルスを差し出そうとしたのです。で二人きりになった時、マイルスが襲いかかってきて、「何考えているの」とマイルスをぶん殴ったら、マイルスはぶっ倒れて、それでもジョニとやりたいもんだから、ジョニの足首を必死で掴んで離さずそのまま失神したと。そこまでするマイルスをちょっと可愛いと思うジョニなんですが、この女性の母性性に男はつけ上がってきてるんですよ。

 この彼氏とは、もちろんあのパーカショニストのドン・アライアスですよ。こんなこと言われたら、業界で笑われもんですよ。ジョニは楽屋ネタを公の場でズケズケと喋っていくんです。

 ジョニも飛んでいるので、この話がどこまで本当なのか、彼氏が差し出そうとしたというのは被害妄想が入っている気がしますが。ジョニの物語って、全部そうなんですけど、でも面白い、悲しい。

産んだけど、育てられず、一度も育てたことない娘と30年以上経って出会い、その娘に子供の教育の仕方をアドバイスして、キレられたり、そういうあかんオバちゃんなんですけどね。でも彼女の歌に自分の娘がどうやって生きているのか、彼女へのメッセージがたくさん込められていたのとか、それが解き明かされていくのは感動です。

「歌がかけなくなった理由として、娘と出会えたから」なんて言っちゃう所があかん人なんですよね。エンタメの人ですから仕方ないんですけど。

孫がウクレレ習ってたので、「どんな曲弾けるの」ってきいたら、孫に「まだ2年間しか習ってないから、何も弾けないわ」と言われて、「私なんて、誰からも習わず、半年でウクレレ弾けたわよ」というギャグを公の前で言ってしまうオバチャン、孫がちょっと大きくなって、その記事を読んだ時、どんな気持ちになるのか、分からない人。

でも、ポリオのせいで、腕の力が弱く、普通のコードが弾けず、あの独特なオープン・チューニングを自分で考えていった人なのです。天才なのです。ウエザー・リポートの面々にソロをやらせなく、それでも彼女とやりたいと思わせる彼女のコード・チェンジ、リズム感、音楽知識がなくても、耳さえちゃんとしてれば、それが出来るんだということを思わせてくれるんですけど、でも僕はあと、10年頑張っても彼女がやろうとしていることも理解出来ないだろうな。

 とにかく、この本、こんなエピソードのオンパレードとです。こういう話をシュラキュース大学は講義でやっていると思うと、ほんまに海外の大学はレベルが高いなと思います。

 ローレル・キャニオンの女王と言われた彼女の本当の姿、本当の歌の意味を考察するには最適の一冊です。泣けるけど、元気になります。