カレー屋店主の辛い呟き Vol.76「J DILLAの話」

皆様こんにちは! 大阪・上本町のカレー屋兼飲み屋店主の「ふぁーにあ」と申します。

今回もこのコラムに辿り着いてくれて、ありがとうございます。

先日、「J・ディラと《ドーナツ》のビート革命」という本を購入して読んでみました。

J・ディラは僕が大好きなビートメイカーで、彼の遺作になった、この本でも語られる「DOUNUTS」も大好きなアルバム。彼の影響でAKAIの名サンプラーMPC2000を購入して、ビートメイクをしてみた時期もありましたね。興味津々で読んでみると、非常に哲学的かつ、技術的な分析も多くて、ヒップホップの批評本として、とても良質な一冊でした。

この『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』は、ヒップホップ界の伝説的プロデューサー、J・ディラ(ジェイ・ディー)の生涯と、彼の代表作『Donuts』の革新性に迫るもの。ディラのデトロイトでの音楽的背景や、Slum Village、A Tribe Called Quest、The Soulquariansとの活動、そしてMadlibとの邂逅。

数々の出会いを通じての、彼の音楽的進化と、死の直前のアルバム『Donuts』に焦点を当てて、病床での制作過程や楽曲に込められた、個人的メッセージについても考察しています。

個人的には、序文の盟友ピーナッツ・バター・ウルフ(PBW)の文章を読めただけでも、

定価1800円の価値を感じちゃいました。泣けたな、マジで。

今回のコラムは、この本の中身については読んでいただきたいので、あまり触れないけど。まだまだ濃いめのHipHopファンしか知られていない、J・ディラの事、そして遺作になってしまったアルバム『Donuts』について語っていければと思ってます。

■「DOUNUTS」とは

J Dilla – Donuts (Full Album)

『Donuts』は、J・ディラが2006年に発表した、彼の遺作ともなったビートのみのアルバムで、全31曲、約43分という短い作品で、当時の僕が衝撃を受けた作品でした。すでに、僕はレコード屋で彼のサンプリングした音源を店主に聞いて、音源をディグするようなディラのファンでした。でも、彼の当時の状況とかは全く知らず、“彼がこのアルバム発売後3日で亡くなった”、“彼が病床でこのアルバムを作った”というニュースを、だいぶ後で知ることになります。

制作当時、ディラは重病(血栓性血小板減少性紫斑病とループス)で入院中。ベッドの上で、Akai MPC3000と小型ターンテーブルだけを使い、わずかな体力を振り絞りながらビートを作り続けました。そのため『Donuts』は、「生と死の境界線で生まれた音楽」とも後に言われるんやけど、当時の僕は、事務所でチルしながらこのアルバムを聴いて、「何かヤバイものを聴いた」と度々このアルバムを止めながら、部屋の中をウロウロ。感情が昂り、朝まで何度もリピートして聴いた記憶が残ってます。

“故人補正”が入っていることは確かなんやけど、彼の死去のニュース、その状況を知ってから何度もこのアルバムを聴き返すと、これはやっぱり「彼の遺書」なんですね。

このアルバムの1曲目のタイトルは「Outro」、そしてラスト曲「Welcome to the Show」がそのまま1曲目にループする設計になっています。これは意図的なもので、ディラは、自分が命の終わりに近づいていることを知り、「終わりこそが新しい始まりだ」という輪廻的な世界観と、このビートは終わりがなくて循環し生き続ける、と言う意思をアルバム全体に込めたものだと言われています。

また、「時間(Time)」「最後(Last)」「泣かないで(Don’t Cry)」のよーな、死や別れを連想させる言葉がタイトルに付けられている。一瞬の喜び、痛み、希望、絶望が、ぐるぐるとドーナツのように回ってる病床の状況とその時の心情が、リアルに表現されています。

私事っスけど、僕が2年前に脳梗塞になって生死を彷徨った時、入院中の病床で僕が一番聴いたアルバムがこの「DOUNUTS」。ディラと同じではないけど、不自由な状況下で聴いたこのアルバムは、めっちゃ刺さったし、彼の「遺書」のようなものなんだなと感じたんスね。

このアルバムのボーカルのサンプリングには、製作時の感情に完全にリンクするものが使われて、とてもエモーショナル。収録の「Don’t’ Cry」って曲ではThe Escortsの「I Can’t Stand (To See You Cry)」の「君が泣くのを見るのが耐えられない」という切なすぎるラインをサンプリングしてる。これは残される家族へ、友人へ、ファンへ向けて、「泣かないで」って語りかけてるように聴こえるし、「Stop!」ではDionne Warwickの「You’re Gonna Need Me」から「あなたは私を必要とするようになる」ってラインをサンプリングして、ディラが「STOP!」ってカットインさせることで、生と死の間の複雑な感情を表現してるよう。

ラスト前の「Last Donut Of The Night」では、The Momentsの「To You with Love」を使って、「愛をこめて、君に」っていうメッセージがサンプルで使われて、「これは俺の最後の贈り物」って事だし、極め付けは「Bye.」。これは、The Manhattansのスウィートソウルの名曲「Wish That You Were Mine」って曲をボーカルの一部を抜き出して、加工&ループ。曲の“mine” のところをピッチ調整&切り貼りして「Bye(バイ=さようなら)」に聞こえるようにしてる。この加工が超絶技巧すぎるし、浮遊感のある天国にいるよーなトラックと相まって、マジ泣ける。

『Donuts』というアルバムは、サンプリングの元曲の「歌詞の意味」、その切り取り方・配置とループの仕方が、ディラの心情や人生観と密接にリンクしてる。ただ「いいネタ使った」って話じゃなくて、「生き様をそのまま音に」ってことがヤバいんスよ。だから、聴けば聴くほど、知れば知るほど、どんどん味わい深くなっていくのが『Donuts』ってゆうアルバム。是非とも聴いてみて。

■J・ディラのサウンドとは

J・ディラは遺作の『Donuts』を発表するまでに、さまざまな作品のビートメイクや、プロデュースを行ってきました。その歴史の中で彼のサウンドは進化し、また原点回帰し、また進化してflying Lotus、Knxwledge、Kaytranada、Alchemistなど彼のチルドレン的フォロワーを生み出しました。いろんなビートメイカーが「革命」と言う、そのサウンド面の特徴と、彼を理解する為の音源を紹介できればと思います。

特徴1. MPCによる“手弾き”のビート

彼はAKAIのMPC3000(サンプラー/シーケンサー)をメイン機材として使用していたのだけど、普通MPCにはクオンタイズ機能(リズムのズレを自動修正する機能)があってそれを使うのが常道。ただ彼はこれをオフにして自分の「手グセ」でドラムを叩いてる。これによって生まれる、ドラムが微妙に前ノリ・後ノリする「よれた」グルーヴが生まれ、人間味あふれる「ゆらぎ」が感じられることになったんです。

「機械に人間性を与えた」とよく言われてますね。

特徴2. 不完全なサンプリングとチョップ(切り貼り)の多用

彼のサンプリングは、音源をキレイに整えずに、ズレやノイズをあえて残すスタイルが特徴で、音が割れても気にしないし、サンプルの頭や尻尾が切れてもOK。ていうか、むしろそのローファイ(低音質)感を大切にして、生まれる生っぽさ=現場感=グルーヴ!を意図しているように感じます。

特徴3.変なループ構造

ディラ以前のアーティストは、サンプルループは小節ごとにキレイに揃えるケースがほとんど。でも、彼のサンプルループは、拍がズレるものが多くて1拍だけ長かったり、短かかったり。曲の途中で急にサンプルが切り替わったりして異質感が凄い。でも、それが予定調和じゃない驚きと、時間感覚の歪みが音楽に生まれる。これが、強烈なグルーヴになって、一度ハマるとまさに沼。僕も取り憑かれて中毒になりました。

特徴4.サンプリングソースの多彩さ

最後に言いたいのが、彼のサンプリングソースの多彩さ。ソウル、ファンク、ジャズ、ロックといった音楽ジャンルはもちろんのこと、ちょっとしたコーラスの隙間、ベースのうなり、ギターのカッティングの、「ゴミ」のよーなノイズも「宝石」に変える。インターネットが普及して、今はどのサンプルを使って、どう構築してるかわかるけど、インターネット黎明期に独自で編み出した発想力は鬼才。てか、意味わからん。

次に、彼がプロデュース/ビート提供作品の中から、その特徴がよくわかる作品を紹介すると、まず一番メジャーな作品が、1995年に発表されたThe Pharcyde の「Labcabincalifornia」。ディラはあまり気に入ってなかったと言われているけど、このアルバムはHipHop界で知らない人はいない名クラシック。クラッピーなスネア、サイン波ベース、鍵盤のウワモノというディラの方程式が堪能できる1枚なんですね。

The Pharcyde – Runnin’ (Official Music Video)

サンプル解説Sample Breakdown: The Pharcyde – Runnin’ (prod by J Dilla)

The Pharcyde – Drop (Official Music Video)

サンプル解説Sample Breakdown: The Pharcyde – Drop (prod by J Dilla)

永遠のクラシック「Runnin’」のネタの組み合わせの妙と、コマーシャルで、このファーサイドというグループのキャラクターに合わせたような、派手なボイスネタのRUNDMCの「ラーン」。「Drop」でも同じく派手なBeastie Boysのボイスと、スパイクジョーンズがMVで踏襲することになるネタの逆再生。アルバムを通じて、若いディラの野心とアイディアとプロデュース力が、数多く入っている名盤なんです。

次に紹介したいのが、2000年に発表されたBlack Starの「Little Brother」。元ネタのロイ・エアーズの歌と語りの間隙を、狙い撃ちするようにサンプリングして、パズルのピースをはめるように再構成したループ。

これ全てのビートメイカーが、その構造を理解した時に度肝を抜かれた1曲なんです。

Black Star – Little Brother (Prod. J-Dilla)

サンプル解説Sample Breakdown: Black Star – Little Brother

後にTHE ROOTSのドラマー「クエストラブ」が、この曲の制作の時の模様を語ってて、わかりやすいので引用要約すると「ディラは2分27秒のRoy Ayers のAin’t Got Timeを聴いて、1秒未満のRoy Ayersが話していない隙間を全部取り出した。それを巧みに繋いで流れるようなサウンドにした。一見8小節の単なるループに聞こえるけど、彼は1/2秒のチョップを32個繋いで新しいビートにした。まるでグッド・ウィル・ハンティングでマット・デイモンが数学の問題をみた時のように。そんな感じだったよ」

まさに神の領域としか、言いようがない作品。のちの日ビートメイカー達に、大きな学びと刺激を与えた作品。

そして、最後に紹介したいのが遺作『Donuts』から「Don’t Cry」。この曲には、ディラの上記した彼の特徴が全て入ってる、病床の限られた機材と、彼の体の状態で、この曲を作り上げたという事実が、彼の天才性を証明してる。ビートに感情を乗せることがどういうことか、理解させてくれた一曲。そして、盟友ピーナッツ・バター・ウルフ率いるレーベル「Stones Throw」が作成したMVも、アルバム『Donuts』のコンセプト「輪廻的な世界観」が表現されてて好き。

J Dilla – Don’t Cry   

サンプル解説Sample Breakdown: J. Dilla – Don’t Cry

さて長文になってしまったので、ここらで終わりにしますが、J・ディラの魅力が少しでも伝わったでしょうかね。ファンすぎて、ちょっとまとまりがない文になった気もしますが‥。

ここまで書いてきて思うことは、彼の音楽制作の手法だけでなく、音楽観、グルーヴの概念、人間らしさの肯定という、彼の広い意味での意思は、ちゃんと次世代に伝わって、今、世界中のビートメイカーが、無意識のうちにディラの作った「自由」の上で音楽を作ってる。彼の遺作『Donuts』のように永遠に循環しながら、ディラの意思は、まだ生きてるんだなぁと感じるんです。 それではこのあたりで。

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