第92回 裸のランチ 完全版 ウィリアム・S・バロウズ (著), 鮎川 信夫 (翻訳), 山形 浩生 (翻訳)
- 2025.09.03
- KYOTO
トム・ウルフの『クール・クールLSD好感テスト』を読了し、ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』に手を伸ばした。完全版が出たからだ。
難解とされる『裸のランチ』だが、完全版ならもっと読みやすく、作者が何を言いたかったのかがより明確に分かるのではないかと思ったのだ。ウィリアム・バロウズは異端の作家だが、トマス・ピンチョン以前のアメリカを代表する存在だ。
ジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』もそうだが、アメリカの大統領はこうした異端な作品を基礎教養として読んだり観たりしているのではないか。日本の首相でそんな人がいただろうか。「日本とは何か」を知るために、日本で最もエッジの尖った作品を教養として取り入れるような人物がいただろうか。
日本で一番「ヤバい」作品とは何か。そもそもそんなものはないのではないか。澁澤龍彦あたりが候補になるのだろうか。しかし、澁澤龍彦はインテリだ。ウィリアム・バロウズやジョン・ウォーターズは、アンチ・インテリであり、反エスタブリッシュメントの精神を持つ。
日本にそんな人物はいるだろうか。一番近いのは、『楢山節考』の深沢七郎だろうか。バロウズが「伝説のドラッグがあるはずだ」と妄想する感覚と、日本に姥捨ての習慣などなかったのに「いや、きっとそんなことがあったはずだ」と深沢が妄想する感覚は、どこか似ている。高齢者と接していると分かるが、年を取ると食が細くなり、季節の変わり目には体調を崩しやすく、わざわざ殺す必要などなかったはずだ。少し考えれば分かることだ。深沢の作品を見ていると、人が死ににくくなった日本の近代化がもたらした弊害が浮かんでくる。
狩猟民族の間では、年寄りを突然殺す習慣があるという話を聞いたことがある。だから年寄りは非常に気を使って生きているらしい。突然後ろから殴られることもあり、しかも殺す側は笑いながらやってくるそうだ。殺す役割を担うのは、どこか「ヤバい」人物なのだろうか。だが、そういう人物がリーダーになっていくという話を読んだ記憶がある。
ウィリアム・バロウズがなぜ重要か。それは彼がゲイであり、「世界中のアンチ・ゲイがすべてのゲイを殺しに来る」と妄想していたからだ。これは単なる妄想ではない。ユダヤ人であるカフカが『審判』で、ナチスのユダヤ人虐殺を何となく予見したように、バロウズもまた、ナチスであれ誰であれ、人間は自分と異なるものを排除するという本質に気づいていたのだ。
LGBTQに優しいとされる現代社会でも、本質は変わらない。もしバロウズが生きていたら、こう言うだろう。「お前らのその優しさは見せかけだ。いつか必ずゲイを根絶やしにしようとする」と。
彼の残した映像は驚くべきものだ。ぶっ飛んでいるが、彼が「バンカー」と呼んだ施設で、大量の武器をコレクションし、それを振り回しながら「お前らゲイ嫌いを皆殺しにしてやる」と息巻いている。完全に「ヤバいおじいちゃん」だが、それを芸術に昇華していたことにバロウズの凄さがある。
とにかく、『裸のランチ』くらいは読んでおくべきだ。そして、お尻の穴が口になって突然しゃべり出すような、低俗で卑猥なギャグを書く、作る人が、巡り巡って最先端の反体制的シンボルになる感覚。
フランク・ザッパも「しゃべるおしり」の音楽を作っていたよね。フランク・ザッパやジョン・ウォーターズの原点には、ジャンキーだったウィリアム・バロウズがいるのだ。
裸のランチ 完全版 ウィリアム・S・バロウズ (著), 鮎川 信夫 (翻訳), 山形 浩生 (翻訳)