「ローカルのニュアンスと点ではなく線で鳴っている音楽。」
先日ツアーで山形へ行ってきました。自身のバンドLOSTAGEが山形で開催されるDIY音楽イベントDOIT2018に出演することになったた めです。
奈良から山形まで車で移動すると10時間くらいかかります。ライブ当日に山形まで移動してイベントに出演するのは難しそうなので前日にある程度移 動し、途中新潟の温泉宿に一泊してバンドのメンバーとスタッフと社員旅行みたいな感じでツアーに出たんですが、とても楽しかったです。部屋で風呂 上がりにトランプしたりして。温泉宿一泊のくだりは話の本筋とは全く関係ないのですが。
その山形のDOITというイベント、地元のバンドやライブハウス関係者に加えたくさんのボランティアスタッフによって運営される地域密着型のロー カルフェスなんですが、我々LOSTAGEは2008年に一度出演したことがあります。当時は廃業した古い映画館の建物の中に幾つかステージを組 んでそこで開催されており、所謂音楽フェスで皆が想像するような整った環境ではない手作りの現場というか。例えが上手くないかもしれないですが、 高校の文化祭の拡大版みたいな印象でした。そしてその現場には山形ローカルの音楽好き達のエネルギーが漲っていて、圧倒されたのを覚えています。 未だにあの現場を超える熱量をフェスと呼ばれるイベントから感じることはありません。
10年前の山形DOITに出演することがなければ、LOSTAGEの自主企画[生活]をローカルで開催することも多分なかったと思いますし、自分 が今地方都市奈良を拠点に活動を続けていることにも何か影響があったかもしれません。そのくらい記憶と心に残るイベントだったと思います。
地方拠点で活動してもう長いですが、たまに思うことがあります。自分のいる街を盛り上げる、地域の活性化って言葉にするのは簡単ですが、それって 具体的に何をやったらいいのだろうかと。年に1度イベントを企画して他府県からも人が集まったり注目されたりするような活動を点でピックアップし ても、それって瞬間的な催し物でしかない気がしてしまうのです。地域に根付く音楽、カルチャーって点で存在するものでは決してないわけですから。 瞬間的な盛り上がりももちろん大事ですが、継続していく力も必要でどちらかといえばそれが地方での活動のテーマなのではないかと思うようになりま した。特に自分でレコードショップをオープンしてからはその想いが強くなってきたように感じます。
人の暮らしというものはとても地味なもので、昨日と今日が大差のない同じような1日だったということなんてよくあることです。例えば週末にある地 元のライブハウスのイベントが誰かの日常に少しの変化をもたらして、それがその後の生活のスパイスになっていくような、その繰り返しのようで繰り 返しではない大きなうねりを文化とかシーンとか呼ぶんじゃないでしょうか。例えばメディアで取り上げてもらってその文化やシーンを伝えようとする と、瞬間でイベントを切り取った記事なんかの方がわかりやすいと思います。ただそれだとローカルのニュアンスってなかなか伝わらないんじゃないで しょうか。
今回の山形DOIT2018は10年前に我々が出演させてもらっていた当時のDOITの現場でボランティアスタッフで関わっていた人達が軸になって開催されたと聞きました。10年ぶりのDOIT出演で会場の場所も変わっていましたが、その10年の間の山形ローカルを少し感じることが出来た ような気がしました。そこに住んでいるわけではないので想像することが出来たと言った方がいいかもしれませんが、点ではなく線で鳴っている音楽が聴こえた気がしました。10年の時を経てまたあのステージに立つことが出来たことが嬉しかった。
自分達はこの街で点ではない文化に何か貢献できているだろうか、線の音楽を鳴らすことが出来ているだろうかと、考えるいいきっかけになりました。
THROAT RECORDSは(不定休で営業日も少ないですが)この街の音楽好きの暮らしとこれからも並走していかないといけないですし、LOSTAGEは気が向いた ら週末に、ふらっとNEVERLANDに会いに行けるバンドでありたいと改めて思いました。
継続は力なり、好きな言葉です。